第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「おい、ムギ。」
「ひゃい!?」
唐突に名前を呼ばれ、自分でもびっくりするくらい不自然な声が出た。
「……なんつう声を出してんだ。」
「なんでもないですよ! で、なんですか!?」
無意味にぷりぷり怒ると、ローはそれ以上ムギの挙動不審な行動を追求せず、代わりにすっとスマートフォンを差し出してきた。
ムギのケータイより大きめなそれは、どう考えてもローの電話。
「なんですか、これ?」
つい受け取ってしまいながら尋ねたら、画面を指さされて視線を落とす。
よく見たら、カレンダー書式のアプリが起動している。
「そこにお前のシフト、入力しておけ。」
「は!?」
「なんだ、文句でもあるのか?」
じろりと睨まれ、僅かにたじろいだ。
が、しかし、ムギも強めに言い返す。
「あるに決まってるじゃないですか。そんな個人情報、教えられません!」
「なにを今さら。これまでだって、お前のシフトは把握してきただろうが。」
「だってそれは、アブ兄のことがあったから……。」
「そりゃ、お前の事情だろ。俺には関係ねェな。それともなんだ? 自分の頼みはきかせといて、俺の頼みはきけねェとでも?」
「ぐ……。」
思わず唸ってしまったものの、ローには送り迎えを頼んでいないし、ましてや今とてローからなにかを頼まれた覚えはない。
ケータイを渡されてシフトを打ち込めと命じられただけ。
(言っとくけど、お願いと命令は違うからな!!)
心の中でローに反論をしたが、結局は口に出さずに画面を弄る。
どうせ言い返したところで、倍返しにされるのが関の山。
ここでムギがシフトを教えなければ、バラティエの前で張り込みでもされそうだ。
普段のクールな性格とは異なり、ローには執念深い一面があると知ってしまった。
ギンが働くようになったおかげで変則的になったシフトを素直に打ち込むと、ローは満足そうな笑みを浮かべた。
誰かのスケジュールに自分の予定が加わるのは、言葉じゃ表現できないくらい妙な気分だ。
一方で、ムギはローの予定をなにも知らない。
でも、友人関係を望むのなら、踏み込んではいけない領域だ。
自分から決めたラインのはずなのに、なぜか少し寂しかった。