第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「離せ、邪魔だ。」
軽く頭を振ってムギの手を振り解こうとすると、息を乱した彼女が怒り出す。
「は、離せって、わたしのセリフです! ちょ、変なとこ触らないで!」
「自分の女に触ってんだ、なにが悪い。」
「だから、ローの女じゃないってば!」
本当に可愛くない女。
試しに付き合ってみようともせず、頑として首を縦に振らないムギにイラつき、無防備な喉をべろりと舐めた。
「ひゃん……ッ」
可愛げの欠片もなかった態度とは真逆に、刺激に震える声は可愛らしく艶めかしい。
許可さえ得られればもっと鳴かせてやれるのにと思う一方で、許可など待たずに自分のものにしてしまいたい衝動が膨らむ。
「も……、やめ。……泣きますよ?」
わりと本気で涙目になっているムギの宣言に、さすがのローも勢いを落とす。
このまま泣かせてやるか……というサドな心も疼くけれど。
「お前、どう思う?」
「どうって、なにが?」
「俺に押し倒されて、キスされて、どう思う?」
「はぁ? 嫌に決まってるじゃないですか! さっさと退いてくださいよ!」
眉を顰めて憤慨するムギは、この状況を受け入れてはいない。
しかし、彼女はローを拒絶しきれず、そこに付け入った。
「嫌なら、もっと本気で突き放せよ。」
「は……?」
「お前の本気は、そんなもんか? ……違うだろ。あのストーカー男に見せた本気を、なぜ俺には見せない。」
しつこいアブサロムにムギはキレて、暴力的に鞄で殴打した。
あの時、彼女の目には怒りと恐怖、それから嫌悪の色が浮かんでいたけれど、今のムギにはそれがない。
「本当に嫌なら、あの時みたいに俺を殴れよ。」
「な……ッ」
アブサロムを非難できないくらい、ムギに執着している自覚はある。
ただ、ひとつ違う点は、ローが真実の意味でムギを好きだということ。
「あの時、お前は言ったな。自分のなにを知っているかと。」
ムギの上っ面の優しさに惚れたアブサロムは、本当の彼女を知らなかった。
だが、ローは違う。
「俺は知っているぞ。料理が下手で、馬鹿で、奇妙な趣味があって、……パンが好きなところも。」
それでも、ムギが好きと言えるのだから、誰がなんと言おうとも、これは真実の愛である。