第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「……そんなにあいつが好きなのか?」
ぎゅっと眉間に皺を寄せ、低く唸るように尋ねられた。
が、しかし、あいつとは誰のことだろう。
「なんのことですか?」
「あいつだ、あの男がそんなに好きかと聞いている。」
「いや、どの男ですか。」
ローの話は主語がない上に、よくよく飛ぶ。
たった今まで、好きだの別れないだの言っていたくせに、急に正体不明な男が出てきた。
ムギとしては真っ当な質問だと思うのに、ローはそう思わないらしく、不機嫌そうな顔がさらに顰まる。
「またこのやり取りをする気か? この間の夜、堂々とあいつが好きだと言ったのはどこのどいつだ。」
「は……?」
この間の夜……?
どの夜のことだろうと首を捻りかけて、そういえばいつだったかの夜も同じ質問をされたと思い出した。
まさかとは思うが、“あの会話”だろうか。
一度、シャチたちに好きな人がいるのかと聞かれた。
ムギは素直にいないと答えたけれど、彼らが尋ねる「ちょっとでもいいと思う人」に対して、ある男性の顔を思い浮かべてしまったのだ。
そういえば、ローはその会話を部屋の外で聞いていたんだっけ。
謎に機嫌が悪いローに怯え、シャチがそんな話をしていたけれど。
「あのパン職人の男が好きだと言っただろうが。」
「言いましたけど、会話聞いてたんですよね? 憧れだって言ったじゃないですか。」
「結婚したいと思う男が、ただの憧れで済むわきゃねェだろ。」
一連の会話を思い出したのか、不快そうに吐き捨てる。
待ってくれ、そんなにしっかり聞いていたのか。
「結婚したいくらい尊敬してるってだけで……っていうか、なんでわたし言い訳してるんだろ。」
「言い訳にもなってねェよ。あんな野郎と結婚したいと思うなんて、どうかしてる。そんなに好きか、俺が眼中に入らねェくらいに……ッ」
だから、それとこれとは別問題だ!
もしやと思ったが、ローはムギが“あの人”に対して恋愛感情を持っていると勘違いしている。
「ああ、もう、面倒くさいッ! 好きですけど、恋のはずないじゃないですか! 店長は65歳ですよ? 50近くも年上の人に本気で恋できるほど、わたしは勇者じゃないんです!」
「…………なに?」
たっぷりの間を置いて尋ね返してきた彼は、なぜか再び虚を突かれたような顔をしていた。