第7章 トラ男とパン女の攻防戦
基本的にムギは、押しに弱い。
デートの誘いも、恋人の“フリ”も、渋る彼女を強引に説き伏せて了承させた。
ならばこのまま押しまくれば頷くかと思われたが、ムギの中には確固たる意志があるのか、何度も深呼吸を繰り返して冷静を保とうとする。
「仮に、ローがわたしを好きなんだとしても……。」
「仮にじゃねェよ、本気だって言ってんだろ。」
「……だとしても! わたしは好きじゃありません。だから、付き合うとかはおかしいと思います。」
ムギが自分に対して恋愛感情を持っていないのは、最初からわかっていた。
けれど、恋愛に臆病なムギに愛情を芽生えさせるまで悠長に待つほど、ローも気が長くはない。
なにせムギときたら、愛よりも金、金よりもパンが好きな女だ。
彼女のペースに合わせていたら、それこそ何年越しの恋になるのか考えるだけで恐ろしい。
「付き合ってから好きになりゃァいい。好きにさせる自信はある。」
「うわ……。どっから来るんですか、その自信。」
「経験からだ。やると決めてやれなかったことがねェ。」
「わたし、告白されているんですよね? なんか、脅迫されている気分になるんですけど……。」
ごほんと咳払いをしたムギは、ソファーの上で徐々に狭まりつつある距離を気にしながら、もう一度宣言した。
「とにかく、好きでもない人とは付き合えません。なので、今回の件はひとまず白紙に戻しましょう。」
どこぞの契約かと思えるようなセリフを吐いたムギに苛つき、ローも同じく宣言を返す。
「一度は俺の女になると言っただろ。自分の言葉には責任を持て。」
「それ、卑怯ですからね? あの時は好きとか言わなかったじゃないですか!」
「俺は最初からそのつもりだった。確認をしなかったお前が悪い。」
「そんなの、詐欺です!」
とことん可愛くない女。
だが、ムギがここまで交際を認めないのは、心の中に他の男が住んでいるからだと思った。
以前シャチたちに漏らしていた“好きな男”の存在が、最大の足枷となっている。
ムギが他の男を好きなのだと考えたら、さすがのローも僅かに躊躇いが生まれてしまう。
彼女に想い人さえいなければ、それこそ一切の気兼ねなく落としにかかるのに。