第1章 *紅い月の下で。【高桂】
濃紺の闇の中。
真っ赤な月が、まるで血のように、気味悪く輝いて。
薄暗い部屋の中、書類に目を通す人影は、溜め息を漏らした。
攘夷浪士として、天人についての情報を集めたり、真選組やらなにやらから逃げ続ける日々。
滅多に溜め息などつかない桂だが、今宵の紅い月が醸し出す重い雰囲気に、無意識に、だ。
「ククッ…ヅラァ…珍しいな、テメェが溜め息なんざ」
「!?」
突然背後から落ち着いた低い声が響いた。
反射的に腰の刀に手を掛け、後ろを振り向く。
「…高杉…!?」
暗闇でよく見えないが、見慣れた紅い着物、左眼の包帯、間違いない、高杉だ。
「何故…貴様が此処に…?」
「…アンタに会いたくなった……ってのもあるが、正確には、」
「一緒に月見をしに来た」
「月見?…そんな暇があるならさっさと仕事をしろ」
そう冷たく言い放つと、桂は机に向き直り、再び書類に目を通し始める。
「ククッ…ひでェなァ…せっかく遊びに来てやったってのによォ」
「生憎、俺はお前と違って遊んでいる暇など無い。分かったらさっさと帰れ」
暫くの沈黙が続き、ふっと、気配が消えた。
(行ったか…)
ホッと息をつかぬ間、直ぐ背後に気配を感じ、急いで刀を抜こうとするが、後ろから、腕を封じられるように強く抱き締められた。