第9章 現世編(後編)
「えーっと…これはなんの御褒美ですかね?」
「喜助が逃げられない様に抑えてるだけよ。」
大虚の現れた次の日。夕方に目を醒ました浦原は身動ぎ1つ出来ぬ状況に重たい瞼を持ち上げる。動けない原因は直ぐに分かった。己の上にはゆうりが跨っており両手首はしっかりと床へ押し付けられている。普通ならば逆であろう立場に困惑こそするものの、この光景に悪い気はしない。しどろもどろに問い掛けると彼女は真っ直ぐに浦原の顔を見下ろした。
「こんな事しなくても逃げませんよ。どうしたんスか?」
「…教えて欲しいことがあって。はぐらかさないで、ちゃんと答えて。」
「ボクが答えられる内容なら。」
いつにも増して神妙な顔つきをする彼女に怪訝そうな眼差しを向ける。ゆうりは小さく唇を開き、少し間を置いてからゆっくりと話し始めた。
「死神と虚の境界線を壊す物質は、今何処にあるの?」
「……え?」
「喜助は、持っているんでしょう?」
確信めいた言い方に呆気にとられる。
何故、ゆうりがそれを?"アレ"について知っているのはボクと夜一さん、テッサイと…平子サン達しか居ない。最近彼女は平子サン達と接触をしていない筈。それならばどうして、知っている…?
「…なんの事か分かりませんね。」
「はぐらかさないで、って言ったじゃない。答えてよ。」
「……何故ボクが持っている事を知っているんスか?」
「先に質問したのは私。答えてくれたら、私も答えるわ。」
どうやら、自分が答えるまで引く気は無いらしい。浦原は答えることを躊躇する。本当に彼女はゆうりなのだろうか。どこでソレを知ったのか皆目見当もつかない。誰かに聞き出せと操られているのかと思ったがそんな様子も無い。
「…物質の名を"崩玉"と言います。掌に収まるくらいのとても小さく…そして、危険なものでした。」
「崩玉…。喜助はソレを壊せなかったのよね?」
「どうしてそんな事まで知ってるんスかねぇ。…まぁ良いでしょう。この様子じゃいつかは知られてしまうでしょうから。話しますよ、崩玉について。」
縫い付けられた手を翻し床を押す事で強引に身体を起こしその場で胡座をかく。ゆうりは彼の目の前でストンと正座をして言葉を待った。