第9章 現世編(後編)
「……いや、ゆうりは殺したくて殺したんじゃないだろ。本当は殺すんじゃなくて、何かを守りたくて戦ったんだろ。……少しだけ、分かる。」
「え…?」
弾かれたように顔を上げて彼を見ると一護は少しだけ思い詰めた表情で視線を俯ける。そんな顔をされるとは思っていなかった。これはただの同情とは思えない。何かもっと、別のものを感じる。
「いち、ご…?」
「俺のお袋は、俺が殺しちまったようなものなんだ。」
「真咲さんを一護が?」
「あぁ………ん?いや、なんで俺のお袋の名前知ってんだ!?」
「あっ……。」
1度頷いた一護だったが直ぐに違和感に気付く。うっかり口をついて出た言葉にゆうりは両手で口を隠した。が、もう遅い。
「オヤジとも知り合いだったよな!?ガキの頃に会ってたってのも嘘だろ!」
「ごめんごめん!本当は、死神の頃こっちに任務で来てた事があったの!私義骸を着ていたんだけど、迷子になっちゃってその時2人にお世話になっただけで…。」
「………本当か?」
「ほ、本当だよ!!嘘じゃないよ!」
疑いの眼差しを向ける彼にゆうりの声が上ずり、冷や汗が頬を伝う。彼はおそらく死神になった今も一心の正体も真咲の正体も知らない。だから咄嗟に嘘をついた。バレるのでは、と肝を冷やしたがそれ以上追及される事は無かった。
「…まぁいいけどよ…つーか、思い出したくない様な事を聞いて悪かったな。」
「良いの。忘れてはならない事だから。」
「…ゆうりは尸魂界に帰りたいのか?」
「んえ、そんな事聞かれるとは思ってなかったな。帰りたい、かぁ……そうだね、帰れるなら帰りたいよ。向こうには大切な仲間が沢山いるから。」
「そうだよな…。」
小さく呟いた彼の横顔がどこか少し寂しげに見えた。ゆうりは数度瞬きをしてから床にグラスを置き、一護の顔を覗き込む。不意に視界に飛び込んで来た彼女の姿に彼は大きく肩を跳ねさせる。
「私が帰ったら寂しい?」
「ばッ……そうじゃねぇ!ゆ、遊子とか啓吾とか、アイツらが寂しがるだろ!」
「一護は?寂しく思ってくれないの?」
ゆうりは隣に座る一護の身体を跨ぎ太腿の上に座った。必然的に彼を見下ろす形になると、両頬を手で包み翠色の瞳でじっと見詰める。一護は慌てて彼女の肩を押し返した。