第9章 現世編(後編)
「なんだ、付き合ってるとかじゃねーのか…。」
「彼氏なんていないよ。」
一護はホッと小さく息を吐いた。そしてそんな自分に驚く。
いやいや、なんでホッとしてんだ。会ったばっかで、まだほとんど何も知らねえ奴だぞ。別に彼氏が居ようが何だろうが俺には関係ねェ筈だ。…それなのに。
無意識の内に零れた小さな溜息の意味が分からずただ胸に手を置いて小首を傾げた。混乱する彼の事などつゆ知らず、3人とアドレスや電話番号の交換を終えたゆうりは一護に向き直る。
「一護?何変な顔してるの?」
「う…うるせぇな!変な顔なんてしてねーよ!」
「そう?」
目に見えて焦燥しているにも関わらずそれを否定する彼に瞬きを大きく繰り返した後、携帯の番号等の交換を済ませると丁度予鈴が鳴り響く。昼休みが終わり、残りの授業も過ぎれば生徒達は部活へ向かったり、帰宅したりと散り散りになった。特に部活に入部する予定の無いゆうりは鞄に教科書を纏め立ち上がった。刹那、タイミングを見計らったかの様に彼女の周りを人が再び囲む。
「染谷さん、部活決まってますか!?良ければ野球部のマネージャーとか…」
「いや、サッカー部どうすか!?」
「バスケ部の方が人手足りなくて困ってんだよ!!」
「あー…。」
本日何度見たか分からない光景にただ苦笑いを浮かべる事しか出来ない。霊術院の頃は檜佐木が居たお陰か、それとも貴族とそうでない者の差故か、ここまで酷く注目されなかったのに。少しばかり面倒だという気持ちを抑え、断りの言葉を並べようと口を開いた途端、それすらもかき消す様な大声が響き渡る。
「あーーーーー!!!ゆうりちゃん、今日一緒に帰る約束してたよね!!帰ろ!」
「えっ、お…織姫?」
「待ってよヒメ!ゆうり!あたしも行くわ!」
「千鶴?」
2人に腕を引っ張られ強引に男達の中から抜け出したゆうりはあれよあれよという間に彼女らによって下駄箱まで連れて行かれた。最初は何事かと思ったが、手を引かれる最中、助けられたのだと悟る。
3人で揃ってローファーに履き替え、学校の外へ向かう。先程の光景を思い出しゆうりは口元に手を充てクスクスと静かに笑った。