第21章 約束
フレッシュなミュゲの香りのあとから、ホワイトロータスのみずみずしさが気高く癒しをもたらしてくれる。
いつもどおりの極上な仕上がりに目を細めたリヴァイは女店主にうなずくと、支払いを済ませた。
店を出ると三軒隣に立つ商店へ。そこはリヴァイがもっとも情熱を注ぐ掃除用品を豊富に取り扱っていた。そこで以前から目をつけていた卓上用の小さな羽根はたきを買う。
良い買い物をしたと満足したあとは、行きつけの紅茶店の爺さんの顔が浮かぶ。だがもう今日は、行くのはよそうと思った。
なぜなら紅茶からの連想で、マヤを思い出したからだ。
すると無性に、この街の外れにある丘に行きたくなった。
丘にある大きな一本の樫の木の上から初めてマヤを見たあの日。幹に刻まれた名前を前に泣いていたマヤ。
……クッ…。
すべてはあの瞬間から始まった。
いまこの胸にある想い… 慈しむ気持ちも、滾る熱情もすべて。
胸が疼く。
居ても立ってもいられず、丘へおもむく。
樫の木が見えてきた。一歩近づくごとに、ただ一点だけを見ている。幹に刻まれた名前。
“マヤ” と刻んだマリウス。
他の男が… 俺以外の男が刻んだマヤの名前。
ついに幹の前に立つ。
刻まれた文字がマヤであることに、刻んだ者が他の男であることに、どす黒い負の感情が目覚める。
……上書きしてやりてぇ。
今すぐマリウスの筆跡を消して、上から俺がマヤと刻んでやりたい。あいつの… マヤの名前を刻むのは俺以外にはありえない。
そんな子供じみた考えが渦巻く。
……ハッ、何を考えている。ガキか、俺は…。
我に返ると自嘲したリヴァイは、口の端をゆがめた。
この幹に刻まれた文字にこめられた想いは、マヤとマリウスのもの。それは何者も傷つけたり侵すことがあったりしてはならない。
そんな簡単で当たり前のことを忘れるほど、俺は。
リヴァイは乱れた心を落ち着かせようと、いつもするように樫の木に登って高いところにあるいつもの枝に身を預けた。