第21章 約束
大地の精霊が宿ったかのような大樹である樫に背中を預けていると、心が浄化していくような感覚にとらわれていく。
眼前に広がるヘルネの街は人々の営みの象徴である。遠景にそびえ立つ壁は人々が置かれている状況を、鳥かごに囚われた自由のない現実を、目にした者に突きつけてくる。
街と壁の両方を眺めれば、必ず壁の外に跋扈(ばっこ)する巨人どもを駆逐し、人類の自由を取り戻す誓いを胸に強く、強く。
そんな想いと誓いを胸に、しばらくたたずんでいると。
誰かが丘にやってくる。
間違いなく樫の木を目指して歩いてくる。
長い髪が風になびき、まとう空の青のワンピースのすそも揺れている。髪とワンピースが風に吹かれている様子につられるように、俺の心もさざ波立つ。
……マヤだ…。
マヤはまっすぐに樫の木の幹に刻まれている自身の名前に向かってくる。
もうすぐ刻まれた名前を見て、どんな顔をするのだろうか。
見たくないと、思った。
たとえ恋人ではなかったにせよ、自分の知らない過去をよく知る幼馴染み。古き友として思慕を抱くのは当然のこと。それが恋慕ではなくても、恐らく穏やかな気持ちではいられない。
見たくはない、なら見なければいい。顔を背ければ済む話だ。
だが近づいてくるマヤを、どんどん大きくなるその顔から、どうしたって目が離せない。
どんな状況でもずっと見ていたい、マヤの顔を。
あらためて自身のマヤへの想いに気づかされたそのとき、上空から聞こえてきたのは。
「ピー ヒョロロロロ…」
鳶(とび)の声だ。
マヤが上空を見上げ、嬉しそうに話しかけている。
……あのときも、そうだった。
初めて立体機動訓練の森で待ち伏せていたときも、マヤは森のてっぺんから顔を出し、鳶に手を差し伸べ声をかけていた。
……懐かしいじゃねぇか。
もはやマヤへの想いが懐かしいと思えるほどに、ずっと昔から想っていた感覚におちいる。