第17章 壁外調査
俺が右手で差し出した白いクラバットを一瞬不思議そうに見たユージーンだったが、すぐにはっとして受け取りマヤの胸元にかけた。
視界の端にいるエルヴィンがにやりと笑った気がするが、今はどうでもいい。
マヤを診ているユージーンの背中を、俺は凝視しつづけた。
ユージーン・ロウは衛生兵だ。
調査兵団の兵舎の医務室には通いの医師がいるが、彼は壁外調査には同行しない。壁外調査における医療行為は衛生兵が務める。
衛生兵といっても医療の勉強をした調査兵であり、衛生班といった特別なものも存在しない。
通常は壁外で負傷しても、軽度のものなら同じ班員同士で手当てする場合がほとんどだ。調査兵は皆、基本的な応急処置程度のものなら習得している。
だが重傷および重症の場合には、一般の調査兵より高度な医療を施せる衛生兵の出番だ。
彼らは各分隊の第四班、つまりは荷馬車班に必ず配属される。調査兵でもあるからして立体機動装置を装着して巨人との戦闘も必要とあらばおこなうが、基本的には待機要員だ。そして医療器具や医薬品の入った鞄を携帯して荷馬車を駆り、積み荷を守る。
衛生兵になるには志願して自ら医療の勉強をする場合と、団長に指名されて受諾する場合とがある。
……こいつは、どっちだろうか。
そうぼんやりと思っていると、ユージーンが鞄からガラスの小瓶を取り出した。
きゅっきゅと音を立てふたを取ると、マヤの頭の後ろに腕を差し入れ少し高くする。小瓶をゆっくりとマヤの鼻に近づけ、しばらく様子を見ていたが悲しそうに首を振った。そっとマヤの頭をソファに戻し、小瓶にふたをする。
「……駄目です」
気付け薬を嗅がされても反応のないマヤを見ていると、俺は足元から崩れ落ちるような感覚に見舞われた。