第16章 前夜は月夜の図書室で
壁外調査の前日に人目を避けるようになったのは、いつからだろうか。
死に直面する任務を前にして、異性に告白するという風習があると知ったのは、調査兵団に入団してしばらく経ってからだった。
最初は俺に言い寄ってくる者など、誰ひとりいなかった。
……あのクソメガネを除いては。
クソメガネにしても色恋沙汰で近寄ってきたのではなく、純粋に俺の強さに対しての感嘆と興味だった。
今でも容易に思い出すことができる。
はみ出し者の俺たち三人に屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「ちょっといいかな? 見ていたよ、決定的瞬間!」
その笑みの裏に何かがあるのではないかと警戒する俺に、あいつはお構いなくまくし立てた。
「君が巨人を倒すところに決まってるじゃないか! ホント凄かった! 思わず滾ったよ!」
「……あぁ」
それから様々な出来事を経て兵士長に就任してからは、一体何がどうなってやがるのか次から次へと “告白” というものをされるようになった。
はじめは真面目に応対していたが、段々きりがねぇし、避けるようになった。
執務室や居室、訓練場、食堂に談話室は必ず誰かに捕まる。
街に出たこともあったが、街で出くわした場合は、相手が “こんなところでお会いできるなんて運命です” とかなんとか訳のわからねぇことをぬかしながら、兵舎にいるときよりも激しく気持ちをぶつけてくるので面倒だ。
だから俺は、人けのない場所を転々とするようになった。人と会う機会を減らせば “想い” なるものをぶつけられることもなく、相手をみだりに傷つけることもない。
夜にはここ、図書室の一番奥にあるソファで寝っ転がることが多くなった。
意外と穴場で、明かりを灯さなければ無人だと思うらしい。
鍵を内側からかけることも考えた。だが普段鍵のかかっていない図書室や資料室が施錠されていると、かえって中にひとがいると知らしめていることに気づいてやめた。
……だから今日も…、壁外調査前日である今夜も、俺はこのソファにいる。