第16章 前夜は月夜の図書室で
「オルオって子供のときから舌を噛んでたの?」
「そう。馬鹿みたいだよね!」
「あはは…」
マヤはペトラの辛辣な言いまわしに苦笑いをする。
「マヤは本も好きだし、手紙を書くのも得意そうだね」
「うーん、そうでもないよ? 書きたいことがいっぱいあっても、いざ書こうとしたら言葉が出てこなかったり…。難しいよね」
「あ~、わかるわかる! やっぱ言いたいことがあったら手紙なんてまどろっこしいことしないで、直接言うわ」
マリウスの手紙を前にしてペトラとのやり取りを思い返していたマヤは、便箋に手を伸ばす。
白地に藤色の小花が散りばめられた便箋。
もしこの部屋に戻ってこられないようなことが起こったとき、大切な人に読んでもらう手紙。
……想いを届ける言葉。
私は… 誰に、どんな想いを?
浮かんでくるのはお父さん、お母さん。訓練兵団で苦楽をともにしたリーゼ。調査兵団に入ってから知り合ったけれども今では一番の友達のペトラ。いつも一緒に森で飛んでいるオルオ。
他にもお世話になっているミケ分隊長や尊敬しているエルヴィン団長、大好きなハンジさんにモブリットさん。ラドクリフ分隊長も、ヘングストさんも、ニファさんにナナバさんも。……リヴァイ兵長だって。
皆さんにそれぞれ想いがある。
感謝だったり、敬愛だったり、友情だったり…。
……まさかすべての人に手紙を書く訳にもいかないし、絞りきれないよ…。
私はまだ、手紙を書けない… かな。
いつかもっと強く書こうと思うときがきたら…、そのときに。
マヤは心でそう決めると、手に取った便箋を文箱に戻した。