第16章 前夜は月夜の図書室で
エルドと別れ自室に戻ったマヤは、掃除を始めた。
もともと部屋を散らかす方ではないので、拭き掃除と床を掃いたらすぐに終わってしまった。
夕食にはまだ少し早い。
椅子に座り机の引き出しを開けると筆記具やノート、そして桔梗の花が彫られた文箱が綺麗に揃えられて置いてある。
この文箱は祖母の形見の品で、マヤは大切にしていた。そっとふたを開けると便箋に封筒、そして先日受け取ったマリウスからの手紙が入っている。
真っ白なシンプルな封筒の真ん中に書かれた “マヤへ” の文字。陽気でいつも豪快に笑い飛ばしていたマリウスらしい伸び伸びとした大きな筆跡。
それが目に入るたびに、胸が痛む。
想い人への告白と同様に、壁外調査を前にして親しい人へ手紙を書き残す兵士は一定数いるらしい。マヤもそれは先輩兵士から聞いたことがあった。
ペトラと話題にしたこともある。
二人がその風習を先輩兵士から聞いたときには、すでにクレアもアンネも散ったあとだった。
「ねぇ、さっきニファさんが言ってた手紙だけど…」
それはマヤとペトラにとって三回目の壁外調査が終わったあとのことだった。
ハンジ分隊長の班員が亡くなり、荷物の整理をニファが担当した。そして家族へ宛てた手紙が出てきたので遺品とともに届けるという話を食堂でたまたま聞いたのだ。
「うん…。万が一に備えて、手紙書いてる人って結構多いんだってね」
「手紙なんて生まれてから今まで一回しか書いたことないし、私には無理だわ」
と、ペトラが口を尖らせた。
「その一回って何? ラブレター?」
「まさか! 学校の課題で “友達に手紙を書こう” ってのがあって、オルオに書いた」
「へぇ…。なんて書いたの?」
「舌を噛み切って死ねばいいのにって書いた」
「………」