第16章 前夜は月夜の図書室で
「あっ! いえ!」
顔を真っ赤にしながらエルドのくちびるから視線を外した。
「してないよ」
「そうですよね! 彼女さんがいるし、してないって思ってましたよ」
「うん。握手だけ」
「握手?」
キスから握手に話が移って、マヤは一瞬なんのことだか理解が追いつかなかった。
「故郷に残してきた彼女が大事だから、つきあうとかキスとかそういうことはありえない。だが同じ兵士としてわかるんだ。壁外調査を前にしたときの気持ち」
エルドはベンチの前に広がる中庭に咲いている小さな白い花を見ながら、ぽつりぽつりと話す。
「……だから気持ちには応えてあげられなくても、少しでも明日の不安を減らしてあげたいし、俺の手でそれができるんだったらと思ってな」
黙って聞いているマヤの様子にエルドは少々心配になってきた。
「いや、自惚れすぎだな。手を握ってあげたら不安を減らすってなんだよって話だよな」
「そんなことないです! エルドさんに告白した人、みんな嬉しかったと思います。エルドさんの手のぬくもりを感じて、すごく優しくてあたたかくて…。勇気をもらえたはずです」
必死になって訴えかけてくる姿に、エルドは優しい目を向けた。
「ありがとう」
中庭に群れ咲く小さな白い花が、吹いてきた風に揺れている。
「マヤのお墨付きももらえたし、これからも握手をすることにしようか」
「これからも…ってエルドさん、そんなにいつも告白されてるんですか?」
「まぁ そうだな。大体毎回…?」
「……すごいんですね…」
「いや、普通だけど? マヤは告白されたことないのか?」
「ないですよ!」
思わず少し大きな声で言い返してしまったマヤは、すぐに謝った。
「すみません、大きな声出しちゃって…。でも、そんなの私もだし私の友達も今まで一度もないですよ?」