第16章 前夜は月夜の図書室で
「そうですか…。良かったぁ…」
ほっと安堵の声を漏らす。
「便所の前で立ち話もなんだし、中庭に行かないか?」
エルドに誘われ、一般棟の中庭にあるベンチに向かった。
ならんで腰をかけると、エルドがどこか人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「聞いたこと全部忘れるって言ってたけど…」
「え? あっ はい、そうです。忘れますよ?」
「俺は別に気にしてないし、相手の女が誰かマヤはわからないんだし、忘れる必要なんかないけど?」
「……そう… ですか? あの、じゃあ… こ、故郷の…」
「彼女?」
「はい…、彼女さんのことも…?」
顔を赤らめているマヤにエルドはうなずいた。
「隠してる訳じゃないし、むしろ広まってくれた方がいい」
「なんでですか?」
「彼女がいるってわかってたら、さっきみたいなことも減るから…」
「あぁぁ…」
……そうかぁ…。
エルドさん、モテそうだもん…。今までも何度もさっきみたいなことがあったんだろうな…。
そのたびに故郷に恋人がいるって言って…。
でも確か、相手の人… “それでもいいです” って言ってた。それでもいいからキスしてほしいって言ってた…。
……キス…。
エルドさんは、キスしたのかな…?
いやいや彼女がいるのに、する訳ないよね…。
そんなことをごちゃごちゃと考えていると、つい無意識でエルドの口元を凝視してしまっていたらしい。
「ん? 俺の口に何かついてる?」
「ひゃ?」
びくっと肩を震わせて変な高い声をあげたマヤをからかうようにエルドは。
「もしかして俺がキスしたとか思ってる?」