第16章 前夜は月夜の図書室で
何故かぼんやりしているマヤを少し不思議に思いながらも、エルドは訊いた。
「……で、どこまで聞いたの?」
その声にハッと我に返り、ぎゅっと目を閉じると正直に答えた。
「あの…、つきあってくださいから、キ… キスしてくださいってところまでです。ごめんなさい! 本当に外にいるの知らなくて…。あ、あの聞いたこと全部忘れますから… というかもう忘れてるので!」
あわあわとした様子で話すマヤにエルドはつい笑ってしまった。
「はは、気にしなくていいよ。便所から出ようとしたらいるなんて驚くよな。俺も驚いたし」
「え?」
「俺も外に人がいるなんて知らなくて便所から出たところをつかまったんだ」
「そうだったんですか…」
マヤは思う。
どこの誰だかわからないけど、告白するのに本当はお手洗いの前だなんて選びたくなかったに違いない。
でもきっと、どうしても想いを伝えたくて、エルドさんがひとりになる機会を待っていたら、この場所になってしまったんだろう。
それなのに偶然とはいえ私が告白の一部を聞いてしまって、本当に申し訳ない…。
「なに泣きそうな顔してるんだよ」
見上げると優しそうな笑顔。
「……きっとすごく大事な瞬間だったろうに、関係のない私が居合わせちゃって申し訳なくて…」
エルドは少しの間、考えていたが…。
「マヤ、女の顔は見たか?」
「いえ…。声を聞いただけ…。知らない声でした」
「そうか…。じゃあ相手の名前は出せないな。その相手の女はな、お前が便所にいたことに気づいてないから安心しろ」
「本当ですか?」
「あぁ。便所に背を向けてたからな。俺はすりガラスに人影が見えて扉が少しひらいたから、すぐに誰かいるってわかったけど」