第16章 前夜は月夜の図書室で
安心したら急に、マヤは聞き覚えのある声の正体が気にかかってきた。
女の人の声は心当たりがないけど…、男の人の方は… どこかで聞いたことが。
誰だっけ? 絶対知ってる声なんだけど…。
「あ!」
突如、声の正体に気づき声を上げてしまった。
……あの声、エルドさんだ! 間違いない!
エルドさん、彼女がいるんだ…。
うわぁ… どうしよう。色々どうしよう。
告白を聞いてしまった上に、どうやらエルドが故郷に恋人がいるらしいということを知ってしまい、マヤは焦る。
……忘れよう!
聞いてしまったものは仕方がない。
ならば、忘れればいいだけ。
そう心に決めると、気持ちが楽になってきた。楽になってくると急に外の様子が気にかかる。
耳を澄ましてみると、もう会話をしている気配はない。
……もう… 出ていっても大丈夫かな…?
扉に手をかけ、そっと押してみる。
便所の扉は双方向… つまりは扉の手前側および奥側のいずれからも押してひらく構造である。出合いがしらの衝突を防ぐために、すりガラスの窓がついている。
ほんの少し押し開けたまま廊下の様子をうかがうが、やはりもう誰もいないみたいだ。
……良かった。もう大丈夫ね。
マヤが胸を撫で下ろし、ぐいっと扉を押し開けた。
一歩廊下に出た途端に、少し離れたところから声が飛んできた。
「立ち聞きしてたのは、マヤだったんだね」
「………!」
声のした方へ恐る恐る振り返ると、エルドが立っていた。
「エルドさん! ごめんなさい…!」
マヤは慌てて頭を下げた。
「別に怒っちゃいないから。頭を上げて?」
やわらかな響きの声にしたがって顔を上げると、目に入ってきたのは夕陽を受けて輝いているエルドの金髪。とてもまぶしくて、思わず目を細めた。
……エルドさんって、ハンサムだなぁ…。
自分が今置かれている立場を忘れて、ぼんやりとマヤはそう思った。