第16章 前夜は月夜の図書室で
便所は廊下の一番端にある。
ごく普通に用を足し、ごく普通に手を洗って、ごく普通にハンカチで拭く。
そして出ていこうと扉を開けかけたそのとき、それは聞こえてきた。
「……つきあってください!」
……え? 何?
「……ごめん。それはできない」
「彼女、いるんですか?」
……告白してるところに出くわしてる、私!
便所を出ようと少し扉を開けたところで、すぐ外でおこなわれている “想い人への告白” に遭遇したらしい。
「故郷に大切な人がいるんだ」
……この声…、聞き覚えが…。
「それでもいいです! キスしてください!」
……ええっ! どうしよう! これじゃ盗み聞きになっちゃう…!
とりあえずマヤは、ほんの少しひらいている扉をそっと音のしないようにゆっくりと閉めた。
扉を閉めると、人の気配は感じられるが何を話しているかまでは聞こえなくなった。
……うわぁ、今のって壁外調査前日の告白だよね?
どうしよう、思いきり聞いてしまった…。
マヤはひとり赤面し、バクバクする心臓が飛び出しそうで思わず口を手で覆った。
もちろん壁外調査前日に好きな人に想いを伝える風習みたいなものがあることは知っていたし、これまでにどうやらそれらしき光景も遠くから見かけたこともある。
しかしこんなに近くで、それも意図していないとはいえ盗み聞きみたいな形で遭遇してしまうなんて。
……落ち着け! 落ち着くのよ!
マヤは必死で自分に言い聞かせた。すると少しずつ冷静になってくる。
よく考えたら、外の二人には私が聞いてしまったことは気づかれてないのでは…?
じゃあ彼らがいなくなってから出ていけばいいだけ。
……なんだ、焦って損しちゃった。