第29章 カモミールの庭で
「母は手先が器用なんです」
得意そうなマヤ。
「そういえば店で出す菓子も母親の手作りだったな」
「そうなんです!」
昔自分が話したことを、リヴァイが憶えていてくれたことが嬉しくて、マヤは顔を輝かす。
カウンターの向こうにいるジョージは、紅茶を蒸らしながらマヤとリヴァイの様子をちらちらと観察している。
……なんでも嬉しいんだな…。
リヴァイが何か言うたびに、いやリヴァイの視界の中に自分が入るだけでもとろけるような顔をして頬を染めるマヤ。
父親として娘が自分以外の男性に笑顔を向けることは、正直複雑な心境ではあるが。
……ただ一緒にいるだけで幸せそうにして。
そういえば俺もそうだった。ルチアと出逢って、ルチアが何を言っても、笑うだけでも、可愛くて可愛くて仕方がなかった。
……恋、だったよな…。
ジョージが想いに耽っていると砂時計の砂が落ちきった。
……おっと!
ジョージはリヴァイのために最高に美味しい紅茶を淹れる作業に、意識を集中する。
精魂こめて最後の一滴、ゴールデンドロップをティーカップに注げば、狭い店内には芳醇な香りが広がった。
「お待たせしました」
なんでもないふりをして、リヴァイの前にティーカップを置く。
……いつもどおり、いつもどおり。
何十回、何百回、いやもしかしたら何千回になるかもしれない。客のために淹れてきた紅茶。
今も同じつもりで淹れたのだが、急に緊張に襲われた。
娘が連れてきた恋人… それも紅茶通らしい男。
もし大したことないと鼻で笑われたら、まずいと言われたら。
……いや俺の紅茶は、誰よりも美味いはず!
いつもどおりに淹れたんだ。
誰であろうと、たとえ人類最強と噂の兵士長であっても、マヤの連れてきた男であっても、文句は言わせない。
ジョージの心の中では、めずらしく強気になったり弱気になったり乱れていて。ティーカップを置く手が震えていやしなかったか、テーブルから離れてキッチンに戻る足取りが不自然ではなかったか、そんな細かいことが馬鹿みたいに気にかかる。
実際にはリヴァイに紅茶を出してキッチンに戻るまで20秒、いや30秒だろうか。ほんのわずかな時間であるのに、ジョージにはものすごく長く感じて、やっとカウンター内の定位置に立った。