第29章 カモミールの庭で
「いただきます」
マヤがいつもどおりに手を合わせた。
その姿をリヴァイがいつもどおりに愛おしそうに見つめて、はたから見てわかるかわからないかの感じで軽くうなずくと、ティーカップに手を伸ばした。
いきなり口に含まずに、まずはその香りを心ゆくまで楽しんで。
目を閉じて香りを堪能していたリヴァイのまつ毛が、ふるふると揺れた。少し眉が寄せられて。ゆっくり目をひらくと、そのままカップに口づけた。
「……悪くねぇ」
「良かった…!」
リヴァイの賛辞にマヤは嬉しそうだ。
だがジョージは。
……悪くない? 良くもない? 普通ってことか…?
まずいと言われた訳ではないが、美味いとも言われていない。
……どう考えれば?
ジョージが頭を抱えこみそうになったときに、マヤが。
「お父さん、兵長の “悪くない” は、“最高に美味しい” なのよ」
かつてミケ分隊長に教えてもらったことを伝える。
「本当か!?」
「ええ、そうよ。間違いないわ、ねぇ?」
マヤにまばゆいばかりの笑顔を向けられて、リヴァイは手許の紅茶に目を落とした。まるで照れ隠しのように。
「……飲むのは初めてじゃねぇが、前のと違うな…」
「えっ? 初めてじゃない?」
驚くジョージにすかさずマヤが答えた。
「うん、お父さんが私に送ってくれてるものを飲んでもらっているから」
「そうなのか…。兵士長、今日淹れた紅茶は確かにマヤに春に送ったものとは配合が少し違うんだ。よくおわかりに…」
「あぁ…。アールグレイが少なくなった。代わりに多分…、夏摘みのダージリンを増やしているんじゃねぇか。それから…、何かが隠し味みてぇな、香りがかすかに…、ハーブか。アップルミントだな」
「………!」
ジョージは衝撃を受けた。
このクロルバ区にも、自称紅茶通の男くらいいる。
オリジナルブレンドは基本の調合は一緒ではあるが、季節によって色々と足したり引いたりとアレンジを加えている。その年の天候や、茶葉の出来具合でも細やかに微調整をしている。
その調合の変化などは、同じ紅茶をなりわいにしている者なら気づく程度のわずかなものであって、単なる紅茶好きが気づくとか、それも調合の内容を言い当てるとかありえない。