第29章 カモミールの庭で
リビングから店舗へつづく廊下には小さな窓があり、そこから庭が見えた。
「兵長…」
「あぁ…」
リヴァイとマヤは庭で先ほどと変わらず、いやそれ以上にいちゃいちゃと舐め合っているオリオンとアルテミスを見て言葉を失う。
「あれを引き離すのは苦労しそうだな」
「……ですね」
夜になればオリオンを、リヴァイの泊まる宿の馬小屋に連れていかなければならないが、果たして二頭は簡単に離れるのか。
先が思いやられる。
廊下の先には簡素な木のドアがあり、その先が店舗だった。
先に入ったジョージが閉めてあったカーテンを開けると、夏の終わりの夕陽が斜めに入ってきた。上げ下げ窓の下の窓をぐいっと一気に押し上げれば、西日に照らされた砂の匂いを風が運ぶ。
カウンターの向こうには小さなキッチンがある。ここで湯を沸かし、紅茶を淹れ、カップを洗う… そういった喫茶店のマスターの動作がひととおりできるようになっている。
カウンターの上には円筒形の陶器のキャニスターがならんでいる。中身は量り売り用の紅茶の茶葉がぎっしりと詰まっているに違いない。
表通りに面した店の扉はアーチ型になっていて、上部にベルがついている。扉を開ければ振動で、カランカランと音が鳴る仕組みだ。
窓際には小さな丸いテーブルが一卓と椅子が二脚。
本当に小さな小さな店だ。
リヴァイがぐるりと見まわして、ぽつりとつぶやいた。
「……いい店だな」
その声は一番そばにいたマヤにだけ聞こえた。ジョージはキッチンで紅茶の準備をしていたし、ルチアは扉から外に出ていったからだ。
「ありがとうございます」
マヤの胸は感激でいっぱいだ。
大好きな父の店に、大好きなリヴァイ兵長がいる。
父のブレンドした紅茶の香りがしみついた、この小さな空間に。
「……夢のようだわ」
マヤのつぶやきは、リヴァイだけのもの。
「ここに兵長がいるなんて…」
「あぁ、やっと来れた」
見つめ合う二人に余分な言葉は必要なかった。
紅茶を誰よりも愛する男と、同じく紅茶屋の娘が出逢った。想いが通じ合ったあとは、いつの日か紅茶屋で紅茶を飲むのが二人の必然。必然とは逃れられない縁(えにし)であり、星河のもとに決められた宿命のようなもの。
誰も二人の強い結びつきを、引き離すことなどできない。