第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
脱衣所で兵服を脱いでいくと、大浴場の方からバッシャーンと大きな水音が聞こえる。
……ふふ、泳いでいる人でもいるのかしら?
まるで小さな子供が無邪気に泳いでいるかのようなにぎやかな音に、マヤは思わず微笑んでしまった。
脱ぎ終えて、丁寧にたたんで脱衣籠に入れると、タオルと石けんを持って浴場へ入っていく。
高湿度の熱気に迎えられ、一瞬前が見えなくなった。
入ってすぐの洗い場で髪を洗っているのは、あまり交流のない二つ上の先輩兵士だ。挨拶をしようにも、頭を泡だらけにして目をギュッとかたくつぶっている。
それに大浴場は兵服を脱ぎ捨て丸裸になる、もっともプライベートな姿をさらす空間。普段から親しくしている者同士でないと、なかなか声をかけづらい。
なのでたとえ先輩であっても、風呂椅子で隣に腰をかけたときに目が合ったり、湯船で近い距離にならなければ、湯気にまぎれて挨拶をしなくても別にかまわない、失礼には当たらないことになっているのだ。
その慣習にしたがってマヤはくだんの洗髪中の先輩兵士には声をかけずに、そっと奥の洗い場に進んだ。
そこで体に熱い湯をかける。ゆっくりと石けんをもこもこと泡立ててから、丁寧に洗い始めた。
翌日は壁外調査。
今回の宿営地は、前回のスペリオル村より遠い城跡。井戸や川があれば水浴びはできるかもしれないが、こうして石けんを泡立てて心ゆくまで洗い、たっぷりの熱い湯で流して、さらには湯船で手足を伸ばすことはできないであろう。
だから今日はいつにも増してゆっくりと、時間をかけて洗いたい。また気持ち的にも、壁外におもむくこの身を清める意味をこめて。
背後から時折バシャバシャと聞こえてくる水音をBGMに、マヤはいつもの倍の時間をかけて髪と顔と体を洗い終えた。
そしていつもどおりに長くて豊かな髪をタオルで頭上に一つにまとめた。
……よしっ。さぁ、お湯につかろうっと。
湯船にそっと入ろうとしたときに、急に離れた場所から声をかけられて驚いて滑りそうになった。
「マヤ、遅い! 待ちくたびれたよ」