第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
浴場に凜と響いた艶のある声は聞き覚えがある。
「ナナバさん!?」
マヤがその正体に気づくのと、バシャバシャと水音がしてナナバが近づいてくるのは、ほぼ同時だった。
「マヤが入ってきた! と思ってストレッチしながら待ってたんだけど、なかなか来ないんだもの。丁寧に洗いすぎだよ」
「そうですか?」
大好きなナナバに思いがけず会えて、マヤは嬉しくて明るい声を出しながら隣に座った。
「そうだよ。ハンジさんにマヤの爪の垢を煎じて飲ませたいな。あの人は滅多に風呂に入らないうえに、私らがゴシゴシ洗わないとドボンとつかっただけで出ていこうとするからね。本当に困ったもんだ」
「あはは」
相変わらずポンポンと歯切れよく話すナナバ。
「ごはんを食べてるのは遅いと思ってたけど、風呂も遅かったんだ。あれ? でもそうだったっけ? そんな風に思ったこと今までなかったんだけどな」
「それは…」
マヤの体の洗い方が遅いと首をかしげているナナバに対して、考えながら答えを出す。
「そうですね…、ごはんを食べるのは確かに遅いです。母にゆっくり噛んで食べるように子供のころから言われていたから、なんか癖になっちゃって…。でもお風呂はそんなことないですよ? 今日はいつもより丁寧に洗いました。だからかな?」
「どうして丁寧に洗ったんだ?」
「それは空いていて…」
大浴場を見渡した。ここにいるのは湯船にならんで腰を下ろしているナナバとマヤ、そして洗髪のときにギュッと目を閉じていた先輩が湯船の向こうの方でまた目をつぶっている。
「いつもよりゆっくり入れそうだったから。それに明日は壁外調査です。多分お風呂は無理でしょう?」
「そうだね」
「だから念入りに洗っておきたかったのと、あと… 気持ちの問題もあります。やはり気合が入るというか、心身ともに綺麗にして明日にのぞみたいから…」
「あぁ、わかるよ。私も同じ気持ちでさっきまで部屋で筋トレをしていた。やっぱり壁外調査を前にすると心構えが違うよね。流す汗もいつもと違う気がする」