第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「ビャクタケは非常に危険で貴重で高価なキノコだ。だがこのあたりでは生のままでは売れないだろう。食べられもしないキノコに大金を払う馬鹿はいないからね。王都の材料屋になら高値で売れるが、ここから運んでいるあいだに傷んでしまう。やはりどうしても私が媚薬成分を抽出して秘薬を完成させるしかないんだ」
理路整然としたハンジの話にリヴァイも納得するしかなかった。
「……了解」
「よしっ!」
リヴァイの了承を得られてハンジの声も弾む。
「では申請書の処理の方は任せたよ。明日はビャクタケが一体どの範囲まで自生しているか調査するつもりだ。フォルン落下地点ではかなりの数が群生していて、その白く神々しい光景に目を奪われたものだが、生えているのがそこだけだとすると、すぐに採り尽くしてしまう。だが森全体に生えているとしたら、これはもう調査兵団始まって以来のぼろ儲け案件だね。もうビャクタケ様様で、背中の自由の翼にビャクタケの絵を描いてもいいくらいだよ」
「は?」
「ほら、白と黒の翼がこう合わさっているところのすき間から、ひょっこりもっこりビャクタケが顔を出したら可愛いと思わないかい?」
「………」
一瞬でもその絵面を想像してしまった自分が許せなくて、リヴァイの声は怒りで震えた。
「ふざけるのはよせ」
「やだなぁ冗談じゃないか、そんな怖い顔をして。調査兵団の象徴である自由の翼から、いかがわしい形のキノコが頭を出すのは私だってごめんだからね。じゃあよろしく頼むよ!」
リヴァイをからかうような笑顔を置き土産にして、ハンジはモブリットを引き連れて執務室を出ていった。
「ビャクタケ…。媚薬の材料か…」
立体機動装置の使用許可申請書にサラサラと美しい書体でサインをしながら、リヴァイは物憂げにつぶやいた。
それからというもの8月20日におこなわれる壁外調査に向けて、調査兵団の兵士たちは一丸となって準備と訓練に明け暮れていた。
そのような中でハンジとモブリットだけは毎日早朝に、人目につかないように注意を払いながらビャクタケの調査と採集に励んだ。昼は他の者と同じように訓練と執務をこなし、夜は採集したビャクタケの媚薬成分を熱水抽出法で着々と抽出し、速やかに強力な効果の出る媚薬の研究に没頭した。