第27章 翔ぶ
モブリットが行きつけだと言っていたハードな生地のパンが多い “バンディッツ”。
昼間はカフェ、夜は立ち飲みバルのお洒落な “ペネロペ”。今の時間はカフェの営業で、店の入り口にはためく大きな幟(のぼり)には “ヘルネ名物 フィナンシェ” の文字が。
……あれ? バウムクーヘンじゃなかった…? 結局名物はフィナンシェなの? バウムクーヘンなの? どっちなの?
真実がわからないままマヤは苦笑いをして、どんどん歩く。
値は張るが一個の大きさがとんでもなくて、シェア前提のケーキショップ。季節を運んでくれる花屋。王都に比べて発売日が少し遅れるけれども、必ず店頭に新刊がならぶ本屋。
マヤくらいの年齢の女性御用達の清楚な下着屋。もっと大人の女性向けの高級ランジェリーショップ。
兵団御用達の居酒屋は “月夜亭”。16歳になってから初めてお酒を飲んだ店。ほろ酔いのふわふわした感覚を教えてくれたのも月夜亭だった。
……ちょっと失敗しちゃったこともあったけど。
ハンジに葡萄酒をたくさん飲まされた夜のこと。
リヴァイに連れていってもらった “荒馬と女”。憧れの人の行きつけの店だなんて、どきどきしたこと。口にする何もかもが美味しかったこと。手を伸ばせば届く距離にリヴァイが座って酒を飲んでいたこと。
たくさんのことが走馬灯のように浮かんでは消える。
アルテミスがいつも喜ぶ “割れ角”、割れてしまった角砂糖を格安で販売しているもの… を扱っている食料品店。
そしてついにマヤの足は高級紳士服の衣料店が立ち並ぶ道へ。スーツのオーダーメイドを承っている紳士服店、ぴかぴかに磨き上げられた革靴がディスプレイされている靴屋。
そして…。
マヤは窓から店内へ目を凝らす。
ずきんと胸が痛い。
壁に陳列されている真っ白のクラバット。
ありとあらゆる形と色のタイを販売しているタイ専門店なのに、視界を占めているのは白いクラバットだけ。
……兵長…。
いやが応でもリヴァイを思い出す白のクラバットを目にするだけでもこんなにも苦しい。
「馬鹿…! もう決めたじゃない…!」
マヤはぐっと下くちびるを噛むと、タイ専門店の前から離れた。