第27章 翔ぶ
レイの決意の表情にいち早く気づいたリックは、そろそろ自身が退出すべき時間が来たと察した。
「レイモンド様、ウィンディッシュ様…、本日は誠にありがとうございました」
「なぁ、おい…」
リックの挨拶にレイが少々不服そうな声を出す。
「マヤはオレよりこの店の馴染みなんだろう? ウィンディッシュ様とは随分と他人行儀なんじゃねぇか?」
「レイさん! そんな… 馴染みなんてことはないんです。一度来ただけで…」
慌てるマヤ。
「だが最高に好きな店なんだろう?」
「はい、それはもう… そのとおりですけど」
「なら充分に馴染みだ。だよな?」
悪戯っぽい顔で見上げてくるレイにリックも微笑み返す。
「仰るとおりでございます、レイモンド様。ではウィンディッシュ様、慣例によりマヤ様とお呼びしても…?」
「……慣例?」
一体なんのことだろうかと疑問に思うマヤに、レイが説明する。
「王都の店では一見(いちげん)さんと呼ばれる、なんの面識もねぇ客には一線を引くんだよ。そこから馴染みになっていったら店側は、態度もサービスもガチガチの他人行儀から軟化していく…。そういう目に見えねぇしきたりみてぇなもんがあるんだ」
「そうなんですね…。私としては…、名前で呼んでいただけたら嬉しいですけど」
「かしこまりました、マヤ様。あらためて “カサブランカ” をこれからもご贔屓たまわりますようよろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をされて、慌ててマヤも頭を下げた。
「私の方こそ、よろしくお願いします…!」
微笑み合う二人を満足そうに眺めているレイ。
「では…。レイモンド様、マヤ様、素敵な紅茶の時間をごゆっくりどうぞ」
リックはカモミールティーに優しい視線を落とすと、最後にひとこと添えた。
「彼女はカモミールの花を愛する優しい女性でした。お二人のおかげで、彼女の想い出にひたることができました。心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました」