第27章 翔ぶ
「薔薇の香りだと? オレが?」
「はい… レイさんはとってもいい匂いがしますよ? きっとクローゼットに薔薇のポプリが置いてあるからじゃないですか? あっ、それに石けんも薔薇の香りだったわ…」
屋敷に宿泊したときのことを思い出しながら、マヤは説明した。
「そうか…。もう慣れちまって自分ではわからねぇもんだな」
レイはぽつりとつぶやいてから、笑い飛ばした。
「匂いの件はともかく “王子” はねぇよな!」
「いえ、王子がぴったりだと思いますけど…?」
「……は?」
公爵の次期当主の立場にとらわれずに、アトラスと二人で自由気ままに暴れているつもりのレイにとっては、品行方正なイメージのある “王子様” と自分自身とは、かけ離れた存在であると考えているのだ。
だからマヤに “王子がぴったり” などと言われても嬉しくもなんともない。
不機嫌そうにその美しくも男らしい眉をひそめているレイの顔を見上げてマヤは。
「すごく綺麗なお顔立ちですから」
「………」
「それにその… 翡翠色の瞳。初めて覗きこんだときも惹きこまれるような…。まるで神秘的な宇宙の星のような…。そんな不思議な感覚になって…」
マヤは真顔でレイの美男子ぶりを褒めた。
恋愛感情がない分、いたって真剣に事実を述べているといった感じになってしまっているのだが、逆にそれがレイにとっては、はなはだ恥ずかしい。
「もういい…!」
まだレイの顔立ちについて何かを口にしようとしていたマヤを制した。
「レイさん…?」
話をさえぎったレイの顔が赤い。不思議に思うマヤ。
……こんなに恥ずかしいもんだったのかよ。
生まれてよりこのかた美貌を褒めたたえられて生きてきたレイにとって、外見の賛辞など屁とも思わないたぐいのものだった。
それが好きな女が感情をこめずに言っているだけなのに、顔が熱くなって羞恥心でぶっ倒れそうになっている。
なんとか平常心を保ってマヤからは目を逸らし、乱暴に言い放った。
「オレが王子だとか顔がどうとかどうでもいい。喉が渇いたな、紅茶を飲むぞ」