第27章 翔ぶ
「それに…、まだあります」
マヤと料理長に謝罪したレイは、もうマヤの怒りは収まったものと軽く考えていたが…。
「なんだよ?」
「……他人を見下す人は田舎者だと料理長さんに言いましたけど、レイさんだって王都よりここが田舎だと言いましたよ?」
「あぁぁ…、確かにそうだな」
レイは “しまった” と思い、もう一度頭を下げた。
「これからは気をつける」
このやり取りを聞きながら立っている料理長のマヤへの考えは、段々と畏敬の念のようなものにまで高まっていく。
……このお嬢様は自分ではそんなつもりはないだろうが、レイモンド様より立場が上なのでは?
こんななんの変哲もなさそうな、ごく普通の小娘なのに…。
本当に一体何者なんだろう?
貴族ではないと仰っていたが、実はやんごとなき一族の隠し子とか?
いやいや、それはないか。
大体、お召し物が高級品ではないではないか…。
………!
はっと料理長が気づけばレイとマヤの二人は会話を終え、何もなかったかのように微笑み合っていた。彼が色々と考えているあいだに仲直りをしたらしい。
もう厨房に下がらなければならないと悟ったが、どうしても知りたい。この小柄で大人しそうなのに大貴族の次期当主と対等に…、いやもしかしたら上の立場かもしれない小娘の正体を。
喉まで出かかる、“ところでお嬢様はどういうお方で?”。
だが緊張のあまり妙な語尾を連発した料理長だったが、トロスト区で一番上等なレストランのトップを務める男は、意外と常識人だった。
……女性の素性を尋ねるなど、もってのほか!
自身の興味本位の欲望をぐっとこらえて、料理長は丁寧に挨拶をすると厨房に下がっていった。
しかし料理長は本当ならば、マヤを知っているはずだった。
なぜなら前回の壁外調査に出立する調査兵団を野次馬根性で見に行ったときに、実はマヤを目にしていたのであるから。
緊張した面持ちの新兵に何やら声をかけていた優しそうな女兵士を見かけた料理長は、声をかけられた新兵が立ち直って元気に出立したのを目の当たりにして感銘を受けていた。そして自らも職場の部下にそのような態度で接したいと強く思ったのだ。
そのときの女兵士と、今日店に来た小娘が同一人物だとは、全く気づきもしない料理長だった。