第27章 翔ぶ
「いただきます」
まだ人の少ない食堂で、マヤはいつもどおりに手を合わせる。
厩舎でアルテミスを引き合わせたあとに、さて次はどうしましょうかと訊けば、レイはこう言って笑った。
“もう少しここで、お前とアルテミスを見ていたい”
そうですか、じゃあ… とアルテミスにひととおりのマッサージをしたのであるが、そのあいだずっと馬柵棒に片手をかけて、レイはじっとこちらを見つめていた。
何も言わず口元にやわらかい笑みを浮かべて、ただ見ていた。
そのときのレイの熱いまなざしを思い出しながら、マヤは夕食の芋の煮物を口に入れた。
もぐもぐと噛みしめながら、浮かんでくるのはレイの強い視線ばかり。
……レイさん、アルテミスに会ってから急に口数が少なくなって…。
すごく、すごく私とアルテミスを見つめていたけれど… 一体なんだったのかしら?
レイは、マヤがアルテミスに優しく声をかけながら全身をマッサージしているのを見守ったあとには、もう今日は帰ると帰っていったのだ。
正門まで同行し、レイの馬車を見送ったマヤは、その足で団長室に報告に行った。
そして今、食堂の隅の席で一人でひっそりと夕食をとっている。
実は誰にも会いたくない気がしているのだ、本能的に。
王都からやってきた貴族が訓練を見学して、そしてその彼に兵舎を案内するという、とんでもなくイレギュラーな出来事が起こったのだ。
その案内役に指名されたマヤは、皆の注目の的になるに違いない。
……いつかは説明しなくちゃいけないけれど、今日はちょっと…。
マヤは自身でもまだ混乱している状況なのだ。
そこを皆に好奇の目で見られて、質問されてもまともに答えられる気がしない。
幸いレイは意外と早く引き上げていった。
まだ18時の少し前であり、皆が食堂に現れるのはもっとあとの時間であろう。
そう見越してマヤは団長室を出てすぐに食堂へ直行し、ひとりで夕食を済ませようとしているのだった。