第27章 翔ぶ
「マヤ、待てよ」
厩舎に入っていくマヤを追うレイの背中を、ヘングストは意味ありげに眺めている。
白銀の美しい髪が揺れ、仕立ての良い白いスーツをびしっと着こなしている姿は、まるで…。
「まさに由緒正しい血統の、白きサラブレッドのごとし。種馬になれるか当て馬になるかは…、マヤ次第じゃのぅ…」
そうつぶやいてヘングストは、ひとりで大きくうなずいた。
厩舎を入ってすぐにマヤに追いついたレイは、少々にやにやしながら話しかける。
「マヤがオレのことを噂しているとは思わなかったな」
「噂だなんて…! あのときはお世話になったから、そのことを話しただけですよ? そうしたらヘングストさんが男前だったかと訊いてくるから…」
「まぁ、なんでもいいさ。爺さんに訊かれてオレの髪と目を褒めてくれたのには違いねぇ」
レイは嬉しかったのだ。
マヤが自分には一切興味がないのかと思っていたから。
幼少のみぎりから、周りの人間すべてを魅了してきた。それは公爵家の生まれという唯一無二の地位や、万人を虜にする稀有な美貌がそうさせてきたのであろう。
そしてそのことにレイは慣れきってしまっていて、別段どうとも思っていなかった。
レイにとって今まで望んで手に入らなかったものなど何もない。
ひとこと願いを口にすれば、即座に叶えられてきた。
すべてが “当然のこと” だった。
だが、マヤは違った。
自身にある程度の好感を持ってくれていることは理解できるが、ただそれだけ。それ以上の特別感は何もない。
プロポーズを拒否されるなんて、それまでのレイの人生なら想像もできなかったことだ。
でも今ならわかる。
王都から出てみれば、煌びやかな貴族の社交界などは… ただ狭くて息苦しいだけだ。
初めて乗った連絡船でウォール・シーナを出たときに感じた、得も言われぬ解放感。
……マヤは、エルヴィン団長は、リヴァイ兵士長も…。調査兵団の連中は皆、このウォール・シーナより外にいたんだ。
そして壁外調査ともなれば、ウォール・ローゼより外に…、本当の意味での “壁の外” に勇猛果敢に出ていくんだ。