第26章 翡翠の誘惑
……ペトラも寝ちゃったし、お手洗いを借りよう。
酔って気分が悪くなったペトラのことがずっと心配だったが、すっかり落ち着いた様子でおだやかに寝息を立てているのを見ると、マヤは急に全身の力が抜けるような感覚におちいった。
ふうっと大きく息を吐くと、トイレットルームへ。用を足し、手を洗って、洗面スペースに備えつけられている横長の大きな鏡で身だしなみをチェックする。
特に乱れてはいないようだ。
髪にドレス… 顔。
……ん?
鏡に映った自身の見慣れた顔に、どことなく違和感を抱く。
いつもと同じ卵型の顔。透きとおるような白い肌。太くもなく細くもないアーチ型の眉。長いまつ毛に縁取られた琥珀色の大きな瞳。すっと通った… ほどよい高さの鼻すじ。ふっくらとした紅いくちびる。
今日は髪を上げている。形の良い耳たぶからぶら下がっているのは、キラリと光る耳飾りが… ひとつ。
「あ~っ、ない! 耳飾りが片方ない!」
右の耳たぶには、まるで雨上がりの葉に浮かぶ露のように透きとおったアクアマリンが揺れているが、左の耳たぶにはない。
慌てて足下を捜す。ない。
トイレットルームにもない。
ペトラが寝ている居間に戻って捜すも、ない。
……どうしよう…!
どこで落としたんだろう。
落ち着いて! 落ち着くのよ!
マヤは自らに言い聞かせ、冷静になって考えようと努める。
「……兵長とダンスしているときには、つけていたわ」
リヴァイ兵長が王都の居酒屋へいつの日か連れていってやると言ってくれて。嬉しくて、心が躍って、握っている手が震えそうなくらいドキドキして。熱い視線が絡んだあの瞬間には確かに、双方の耳からぶら下がるアクアマリンのイヤリングが、うぶな恋心に反応するように揺れていた。
「じゃあ… そのあと…、広間からこの部屋に来るまでのあいだね」
よし、捜しに行こう!
そう思って一歩ドアの方へ踏み出したマヤだったが、ハッとして立ち止まった。
振り返った先には、ソファで眠っているペトラの姿。
……寝ているペトラを一人にしておけない…。