第26章 翡翠の誘惑
「寝ちゃったかぁ…」
マヤは軽く微笑んで、きょろきょろと部屋を見渡した。
初夏の夜。
酔って寝てしまって、そのまま風邪を引くことはないだろうが、それでも何か軽いものをかけてあげたいと思ったからだ。
通されたこの部屋 “ファビュラス” は、舞踏会が始まる前にいた待合室と内装は違うが、造り自体はほぼ同じだ。
広い居間にはソファとテーブル、暖炉に飾り棚や書き物机など。控えの間に洗面スペースとトイレットルーム。
さすがにベッドルームではないので浴室は備わっていないが、その広さや機能の充実ぶりは目をみはるものがある。
洗面所に行ってみると、大きな洗面台のそばの棚には、ふわふわのタオルが置いてあった。サイズは四種類。超特大のベンチタオルからバスタオル、普通のフェイスタオルに正方形のハンドタオルまで。
「これならタオルケット代わりになるわ」
一番大きなサイズのベンチタオルを手に取り、ばさっと広げてみたマヤはにっこりと笑う。
すっかり寝入ってしまったペトラに、ふんわりとかけてみる。すると小柄なペトラは、すっぽりとおさまってしまった。
「あっ、白い薔薇だわ…」
ただの真っ白なふわふわのタオルだと思っていたが、実際には薔薇がジャガード織りで散りばめられていた。ジャガード織りとは、糸の織り方に高低差をつけて模様を浮き上がらせる手法。
今、ペトラは白い薔薇に覆われて眠るお姫様のようだ。
「バルネフェルト家の紋章は白い薔薇だもんね…」
マヤはミュージアムも今いる屋敷でも、扉からはじまってステンドグラスに壁画やタペストリー、飾り机や椅子、部屋中のファブリックや食器にいたるまで… ありとあらゆるものに白い薔薇が描かれていることを思い出した。