第26章 翡翠の誘惑
バルネフェルト公爵の大して面白くもない言葉に笑っていたマヤたち三人は、リヴァイにうながされて立ち上がった。
「……ひゃっ」
立ち上がった途端にペトラがふらついた。
「大丈夫? やっぱり酔ってるんじゃない?」
「大丈夫だって。ほんとマヤは心配性だよね。ちょっと立ちくらみがしただけ」
「なら、いいけど…」
そんなやり取りがあったあとに螺旋階段を下りようとしたところで、ナイルが執事長のセバスチャンに案内されて近づいてくるのが見える。
螺旋階段はすれ違えないので、ナイルが上がってくるのを待つ。
「……遅かったな」
ナイルへの出迎えのひとことはリヴァイの口から発せられた。
「まだ日付けが変わるまでには時間がある。これでも急いでかけつけたんだぞ」
「……知るか。公爵の相手をよろしく頼む」
「は? どこに行くんだ、リヴァイ」
ナイルの声を背に聞きながら、リヴァイはマヤたちに螺旋階段を下りるようにうながした。
マヤたちはナイルに “お疲れ様です、師団長” と口々に挨拶をしてから螺旋階段を下りた。
「あぁ、お疲れ。……リヴァイ! 帰るんじゃないだろうな?」
もう一度リヴァイに質問を投げかけるが反応はない。
返事をしないリヴァイの後頭部の黒髪が、階段を一段下りるたびにサラサラと揺れているのを見ながらナイルは肩をすくめた。
……答えてくれる訳ないか…。
気を取り直して、くるりと公爵の方へ振り返る。
「ご挨拶が遅れました、バルネフェルト公爵…」
ナイルらしからぬ慇懃な態度で頭を下げると、ナイルを待ち構えていた公爵はひときわ大きな声で歓迎した。
「いやいや、ナイル君! よく来てくれたね。さぁ、かけたまえ」
リヴァイと入れ替わりにやってきたナイルを満面の笑みで歓迎する。
「アンリ君の事件を君の口から詳しく聞きたいと思っていたんだよ。話してくれるね?」
公爵はアンリ・グロブナー伯爵の事件のすべてを、憲兵団師団長ナイル・ドークから引き出そうと膝を乗り出した。
「……はい。お話しできる範囲のことはなんでも」
「よし! ではまず乾杯しようか!」
公爵の掛け声で控えていた給仕がシャンパンのコルクを抜く。
ポンッ!!!
威勢よく響くその音から、ナイルと公爵の夜が更けていった。