第26章 翡翠の誘惑
一方、フロアに下りたリヴァイたちは。
「……踊れって言われても、踊ったことなんかねぇしな…」
楽団の奏でる舞曲を耳にしながら、オルオは少し不安そうだ。
「私はあるもんね! まぁ相手は思い出したくもないけどさ」
「ちょっと踊れるからってえらそうにすんなよ! っていうかペトラのは、ただじっとしてるだけだろ?」
「違うもんね! 基本のステップもできるもん」
ペトラとオルオが例の調子で言い合っているうちに、舞曲はスローワルツに変わった。
「……綺麗な曲ね」
マヤは思わずつぶやく。
ゆったりと青い月夜を流れる川のように。今までテンポの良い舞曲でくるくるとまわっていた貴族たちは、静かに体を寄せ合って目を閉じている。
「これなら初心者でも踊れる。オルオはペトラに教えてもらえ。マヤは俺とだ」
「「「えっ!」」」
三人が同時に発した言葉は同じ “えっ” だったが、それぞれ意味合いは違っていた。
ペトラは不服そうに声を尖らせ、オルオは嬉しそうに顔を赤くして、そしてマヤは困ったように目を見開いている。
そんな反応は織りこみ済みだったようで、リヴァイは素知らぬ顔でマヤの手を取った。
「兵長、私… 踊れません!」
掴まれた手首が痛くて悲鳴になる。
「無理です! ……みんなが踊ってるのをここで見てますから! 放してください!」
リヴァイはマヤの叫びを無視してフロアの中央まで強引に連れていくと、強く掴んでいた手を離した。そして代わりに腰を引き寄せた。
「……いいから黙って俺と踊れ」
「……でも…」
腰をぐっと引き寄せられたせいか、リヴァイとの距離が近くて恥ずかしさで気が遠くなる。
流れている舞曲のタイトルは “月華のワルツ”。美しくたおやかな旋律が、切なげなワルツの三拍子に乗って流れてくる。そのうえリヴァイの低い声がまるで月華のワルツの一部のように、マヤの耳にまとわりつく。
「大丈夫だ。この曲なら… ただ俺に身を任せろ。……それだけでいい」