第26章 翡翠の誘惑
意外と軽いものなんだなと思いながら枕元にある小さな棚に眼鏡を置くと、室内にことりと音が響いた。
モブリットは視力が良く、また家族も同様で、眼鏡には縁のない生活を送ってきた。
だから調査兵団に入って、もっとも長く一緒に過ごすようになったハンジの顔面にいつも当たり前のように存在している眼鏡… あたかも顔の一部のような眼鏡を、常々不思議に思っていた。
……重くないのか? 気にならないのか?
実際に手に取ってみて、疑問は解決した。
こんなに軽いのならば、気にならないのもうなずける。
そして今度こそもう寝ようとモブリットは去りかけたが、ふっと。
何とはなしに、眠っているハンジの顔を見た。
………!
息が止まるかと思った。
……誰だ、この美人…。
窓から射しこんだ青白い月の光と、室内をぼんやりと灯している橙色のランプの光と。
その双方に照らされて浮かび上がったハンジの顔は、見たことのない知らない女の顔。
今までは眼鏡にどうしても目が行ってしまい、その向こうに隠されているものに気づいていなかった。
その透きとおるような白い肌も。形の良い丸いカーブを描いているおでこも。ちょうど良い高さの鼻すじ。かすかに眼鏡の跡がついているのが愛らしい。
普段あんなに騒いで色気など微塵も感じないくちびるも、こんなにも艶めかしい。
そして何よりも…。
いつも眼鏡の奥で賢者のごとく理知的な光を放っていた瞳が、今は閉じられているのだが。
そのまつ毛の長さに驚く。
密集して生えているまつ毛は、美しい弧を描いていた。
……分隊長って、こんなにも美人だったんだ…。
初めてハンジの素顔を見たモブリットは、その美しさに息をのんだ。