第26章 翡翠の誘惑
「リヴァイは別に気にしないと思うが?」
ミケはそう言いながらも心の中で “マヤならば” と条件をつけ加えていたが、わざわざ声に出さなかった。
「駄目です! そんな用もないのに不法侵入です」
可愛い顔に似合わない物騒な言い方をするマヤがおかしくて、ミケはつい顔が緩んでしまう。
「不法侵入だなんて大げさだな。よし、では…」
机の上の書類を一枚つまみ出す。
「これを提出しといてくれ。リヴァイがいてもいなくても机の上に置いてきてほしい」
「……そんな取ってつけたような…」
マヤは少々不満そうに軽く頬をふくらませたが、ミケの差し出す一枚の書類を受け取って、テーブルの端に置いた。
「取ってつけた… なんてことはないぞ? それは本当に提出しなければならない書類だ」
「はぁい…。了解です」
ミケに贈られた青地に白い鳥の羽ばたくマグカップを両手で包みながら、マヤはゆっくりと残りの紅茶を飲んだ。
それを眺めるミケの心の中は。
……まぁ、そのなんの変哲もない書類が少しでも、マヤの役に立つならいいとは思うがな。
「リヴァイも来ないし、そろそろ執務を始めようか。マヤが留守のあいだに溜まる一方だったしな」
「わかりました。片づけますね」
慣れた手つきで、さっとお茶のセットを片づけると、部屋を出ていき給湯室へ向かう。
それを見送ってミケは無言で広げていた新聞をたたんだ。新聞の一面には “グロブナー伯爵聴取” の太文字が踊っていた。
すぐにマヤは戻ってきて、ソファに座ると書類の分類を始める。
「……本当に溜まってますね。一週間分とは思えませんよ?」
「お前がいないと全くと言っていいほど執務がはかどらなくてな」
「……もうっ! これじゃあ、おちおち休んでられません」
「そうだな、俺のためにも無休で手伝ってくれ」
「無休は嫌です!」
「ははは」
軽口をたたきながら溜まった書類の山は、マヤによって急ピッチでさばかれていった。