第26章 翡翠の誘惑
コンコン。
扉をノックする音が、18時を過ぎた幹部棟の二階の廊下に響く。
ミケから託された書類を手にリヴァイの執務室の前に立ったマヤは、深呼吸をする。
ノックに対する返事はない。
当然だ。
もともとリヴァイ兵長は在室していたとしても、ノックに対して何も言わない。ノックをしたならば、素早く扉をひらきながら “失礼します” と飛びこんでいくしかないのだ。
ドアノブをつかみ、思いきる。
「失礼します!」
扉はなんの抵抗もなくひらいた。鍵はかかっていない。
だが執務机の向こうにいるはずの部屋の主はいなかった。
……帰ってなかった…。
マヤは落胆しながら執務机まで歩み寄り、書類を置こうとしたが。
………。
リヴァイ兵長らしからぬ机上の乱雑さに眉をひそめる。
“兵長にしては、こんなに散らかっているなんてめずらしい。慌てて出ていったからとか?” などと考えたが、すぐに真相にたどりつく。
……私みたいに書類を提出しに来た人たちが、適当に置いたんだわ。
あっちこっちの向きに雑な感じに置かれた数枚の書類の下には、きっちりと揃えられた書類が見え隠れしている。
それに気づいた途端に、自然と体が動いて書類の向きをすべて揃えて置き直した。
差し出がましいかしら? と一瞬思うが、ううん、私は執務のお手伝いをしている立場なんだから。これくらいしたって当然だと自分で自分を肯定した。
綺麗に揃った書類を見ているだけで、爽快感がこみ上げてくる。
……やっぱり、きちんと整頓するのって気持ちいい!
自己満足ではあるが非常に満足して、さぁ部屋を出ようとして。
「……あれ?」
マヤは思わず声が出た。
きびすを返して扉に向かう途中、なんとなくいつも自分が執務をおこなうテーブルを見たのだ。
テーブルの上には、いつもは何もない。
マヤが夕方に執務の手伝いに来てからリヴァイに書類の山を渡されて、それをマヤ自らがテーブルに運んでいるのだ。
であるからして、すでにテーブルの上を結構な量の書類が占領していることに違和感を抱いた。