第26章 翡翠の誘惑
「はは、昔のことだ。気を遣わなくていい。それで祖母が卵ばっかり食わせるものだからな…」
「でも、同じものばかり食べさせられたら嫌いになったりしません? 飽きたり、苦手になったり」
「いや、それはなかったな」
ミケはほんの少し考えてから、こうつけ加えた。
「マヤも家が紅茶屋なら、紅茶と菓子ばかりだっただろう? 飽きたか?」
「いえ、父の紅茶も母のケーキも毎日食べても全然飽きませんでした」
「だろ? それと一緒さ」
「なるほど! 了解です」
心から納得してマヤはうなずいた。
「……リヴァイと行けたらいいな。王都の酒場に」
ミケは優しい顔をする。
「……はい」
マヤはリヴァイのために淹れた紅茶を見つめながら、淋しそうな顔をした。
「少し早かったからかな?」
「………?」
マヤの言葉の意味がわからず、ミケはじっと言葉のつづきを待つ。
「……来ないですね、兵長…」
「あぁ…」
そのことか… といった顔で、ミケはその理由を話して聞かせる。
「リヴァイは休憩には来ない。エルヴィンに言われてピクシス司令のところに行っているんだ」
「え? そうだったんですか」
紅茶を淹れたときから、ずっとリヴァイ兵長がノックもせずに扉を開けて部屋に入ってきて、どかっと勝手にソファの真ん中に座るところを、頭の中で思い描いては待ち望んでいたマヤは、姿を現さない理由を知って驚くと同時にがっかりした。
「あぁ。王都での事件の報告をしにな」
「じゃあ… このあとの執務のお手伝いに行っても、兵長はいないんですよね…?」
「どうだろうな? ピクシス司令が飲みに誘わなければ、すぐに帰ってくるとは思うが」
「どうしよう…? 行ってもいいのかな…?」
ミケに言っている訳ではなく、完全に独り言になっているマヤ。そんな様子を愛らしくミケは感じながら、こうアドバイスをした。
「とりあえず行ってみて、鍵が開いていたら入ってみたらどうだ?」
「そんな! 勝手に入るなんてできません」
前もって勝手に入っても良いと許可されていれば別だが、そうでもないのに入室はできないと、マヤは首を大きく左右に振った。