ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
《クリスside》
「ぼくも、あいしてる…」
はじめて使うこの言葉は、幼い心に色をつけていく。
ダリウスは俺に目を瞑って、と言った。
ゆっくりと閉じられる視界、そこに温かい影が落ちる。その時、俺は今までに感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。
唇に優しい体温を感じた瞬間、言いようのない背徳感に溺れる。頬に添えられた手がするりと俺の髪を撫でた。
「…綺麗だよ、クリス」
あぁ、俺はいよいよ神を裏切ってしまった。
堕ちるなら、どこまでも…ふたり一緒に。
ーーー
それから、俺は学校でどんなことを言われても気にならなくなった。良いよ、好きに言えばいいさ。気が済むまでなんとでも言ったらいい。
そして家では、やりすぎかというくらいに男らしく振る舞った。まるで芝居をしているみたいで楽しさすら感じる。すると家族は手のひらを返したかのように元通りになった。本当の俺はお前たちになんか見せてやらない、本当の俺は、ありのままを愛してくれるあの人にしか見せてやらないんだ。
「…っん、ダリウス…ッ」
「クリス…」
俺の想いが通じたあの日から1年程が経ち俺は9歳、ダリウスは22歳になった。はじめは唇を合わせるだけだったダリウスとのキスは回数を重ねる度に段々と深いものになっていった。
ある時、キスの最中に太ももに固い何かが当たった。それを指摘するとダリウスは気まずそうにごめんと謝った。この時の俺はまだそれが何なのか知らなくて、深く追求することもなかった。
今になって考えてみればこの時から兆しはあった。
だけど俺は色々なことを知らなさすぎたんだ。
携帯電話の着信をそそくさと消したり、約束の時間に家に行っても留守だったり…あぁ、家にいたのに入れてくれなかった時もあったっけ。
きっとこの時から既にダリウスの歯車は俺から離れて別のと噛み合いはじめていたのだろう。
いやらしい匂いを漂わせた下品で汚いメスの歯車と。