ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
《クリスside》
俺はどこにでもある普通の家庭に生まれた。
優しい両親に、兄弟は兄と妹がいてとりわけ貧しくも裕福でもない本当に極々普通な暮らしをしていた。
そんな中、ある日気が付いた。
俺だけが“普通”じゃない、ということに。
それを知る最初のきっかけは、幼稚園の時だった。
あまりに古い記憶で全てを覚えてはいないのだけれど、確か男女2人でペアを作ってダンスを踊る時間があった。その時に、仲の良いエドガーが俺じゃない女の子と平然とペアを組んだことにひどくショックを受けた。突然泣き出した俺に先生は、あなたは男の子だからエドガーとは組めないのよ。と言った。
俺は男の子…そんなことはわかっていたけど、俺はエドガーとペアになりたかった。きっと俺はエドガーのことが好きだったんだ。
次のきっかけは7歳、小学生になった時。
クラスで好きな人の話になり、順番がきて俺が話始めるとその場の全員の顔色が変わった。
俺は相談したかっただけだったんだ。彼に俺のことを見てほしい、好きな人に好きになってもらうにはどうしたらいいのかって。
それなのに…
「気持ち悪い」「男が好きなんてのはおかしい」「クリスはゲイだ」「関わらない方がいい」…途端に俺はひとりぼっちになってしまった。
みんなが誰かを好きになるように、俺も誰かを好きになった。ただそれだけだ。ただそれだけのことなのに世間はそれを受け入れてはくれなかった。それどころか向けられる目は冷たく厳しいものだった。
俺の学校での様子はすぐに家族に伝わった。
先生が家族に伝えたのか、それとも同級生の親が伝えたのか。
…平凡に普通の生活を送っていた俺の両親には相当ショッキングだったらしい。
父は激昴した。
母は泣いた。
父は俺に恥ずかしいと繰り返しながら、俺が大切にしてたクマのぬいぐるみのオリバーをゴミ箱に押しやって、少し長かった俺の髪を乱暴にハサミで切った。
「…やめて…パパ…っ、ぼくの髪が…!」
「女々しい言葉を使うな!お前は男なんだ、男らしく生きろ!これ以上恥ずかしい思いをさせないでくれ!」
そのあと、兄妹も友達から俺のことでからかわれているということを知った。兄も妹も俺と目を合わせてくれなくなった。