第9章 ヘイアン国
阻むもの全てに斬撃を放つ。それはに乱暴しようとしていた複数の男たちをバラバラにしたが、を捕らえる鎖と、刀を抜いた黒いキツネ面の男、そしてその背後に下がった女を切り裂くことはできなかった。
「……キャプテン?」
弱々しい声。確かめるようにローはそっとの頬に触れ、幻覚でないことを知ると、こらえきれずに鬼哭を持たない片腕で抱きしめた。
「遅いよ……っ」
よっぽど辛かったのだろう。具合が悪いのも相まって、力なくはすすり泣いた。
ごめんの言葉さえ出てこない。もう諦めていたなんて言えなかった。
(俺が――)
自分こそが船長で、の命に責任があったのに。あまつさえローは生贄を見殺しにしようとしていた。その中にがいたなんて考えもせずに。
もうに触れる資格もない。生きていてくれた喜びよりも、自分への失望の方が大きかった。
「この鎖、海楼石か……、すぐ助ける。もうちょっとの辛抱だ」
「うん……」
ひどく体調の悪そうなに自分の帽子をかぶせて、ローは敵に向き直る。
(これがイナリか)
顔を合わせるのは初めてだった。美人だが性悪な性格が透けて見える、どこにでもいそうな女だった。
「……てめぇがブラッドリーか?」
刀を抜いた黒いキツネ面の男にローは尋ねた。オペオペの実の斬撃をどうやって防いだのかわからない。ゆったりとした構えからも、剣の腕だけなら自分より上だろうとうかがえた。
「どこかで見た顔だと思ったら……トラファルガー・ローね。ブラッドリーがあんたを欲しがってたわ」
「何の話だ」
「あらやだ、気づいてもないの? おじいちゃんのアプローチ下手にも困ったものね。海軍に捕まりそうなところをアルゴールを使って助けたと聞いたわよ? おかげでアルゴールは捕まっちゃったけど、薬師より腕のいい医者が欲しかったんでしょうね」
セブタン島での一件か。確かにツバメにやられて捕縛されそうだったところに、アルゴールとブラッドリーの自爆人形が割って入ったことで逃れることが出来たような状況だった。
あの奇妙なタイミングにはずっと引っかかっていたのだ。
「ー!!」
「ちゃん!!」