第9章 ヘイアン国
「え、えへ」
ローの冷たい視線に、マリオンは愛想笑いで手を振って来た。無視すると露骨に傷ついた顔して「好きで船から出ていった訳じゃないよ!」とわめく。
「知るか。もう好きにしろ」
「ひどい! 俺はこんなに愛してるのに!」
さらに無視するとマリオンは泣き真似した。非常にうっとうしい。
「橋を落とすのはいいが、儀式はどうする。船じゃ渡れねぇんだろ」
「神官と生贄がそろってるんだ。自分の命が惜しけりゃイナリが必死でどうにかするだろう」
そのイナリが信用ならないからマリオンが命を張る覚悟をした訳だが、確かにイナリも自分の命がかかっていれば高みの見物とはいかないだろう。
ブラッドリーの所在は不明であるものの、少なくともイナリをアワジ島に隔離できれば本島で奴に集中しやすくなる。
「落とすとしたらすぐだな。橋には警備もいるんだろう。爆薬をセットしようともたもたしてたら勘付かれる」
「ああ。だからあんたを呼んだんだ」
確かにローなら事前準備はなしで、橋を一刀両断できる。
「わかった。すぐかかる。橋までの案内を頼む」
「俺が行くよ。さっきベポたちに連絡して、一応爆薬の準備も頼んだ」
マリオンが手を上げて立候補したが、ローの視線に「え、えへ」とまた愛想笑いする。
もうクルーじゃなくなった元女装屋を、ローは冷たく見た。
「お前名前なんだったっけ?」
「ひどい! 初夜を捧げた仲なのに!!」
ぎょっとしてシュンをはじめ、レジスタンスの何人かが振り向いた。
「そんな事実この世のどこにもねぇだろうが!!」
思わず蹴り飛ばすと、歌姫に折られた骨が痛んだ。
「キャプテンってちゃんいないとだいぶ乱暴になるね……」
「こっちが素だ。悪かったな」
自覚があるだけに、ローは憮然と言い返した。
◇◆◇