第9章 ヘイアン国
盲目の生贄候補は泣きじゃくりながら苦しそうに嘔吐を繰り返していた。試しにイナリは、自分よりいい色の髪をした気に入らない小娘を蹴りつけてみる。
ハルピュイアは鎖を引きちぎる勢いで興奮して暴れ立てた。隣の瀕死の娘を蹴っても大して反応はしないのにだ。
「……あらやだ。もう当たりを引いちゃったかしら。まだ三千人くらい残ってるのに」
自分より若い娘がのたうち回って死ぬのはいい気味だった。集めた全員に毒を盛って殺すつもりだったのに、もう素養ありが見つかってしまった。
「せっかく集めたんだもの。全員に飲ませましょうよ」
無視して黒キツネの衛士は、生贄の娘を運び出すべく担ぎ上げた。娘たちの管理をしていた人間を呼びつけて、どこの娘なのかさっさと確認している。
娘は偶然この島にたどり着いたらしいとのことだった。さすがのイナリも符号を感じた。
この島には干潮の日、それもシーレーンぐらい泳ぎが達者な生き物でなければたどり着けない。
「なぜ報告しなかった」
「も、申し訳――」
「まあまあ、過ぎたことを責めても始まらないわ」
怒気をにじませる黒キツネをなだめ、イナリは怠慢をしたアワジ島の神職を、神酒を飲むことで許してやった。それだけは、と壮年の神職は逃げ出そうとしたが、キツネ面たちが押さえつけて無理やり飲ませる。すぐに血を吐いて神職は事切れた。
「捨てといて。畳が汚れるから。ああ、ほかの娘ももういらないわ」
まだかろうじて息のある娘たちが多かったが、イナリはもはや頓着もせずにルンルンと、黒キツネが盲目の娘を運び出すのについていく。
社殿を出て石段を下ると、ちょうど儀式に使う石の台座がある。満潮時には足元まで海水が来る、生贄を捧げる祭壇だ。
黒キツネは岩に固定された鎖で、そこに生贄をつないだ。
満潮となる新月は3日後だが、海はすでに荒れていた。ハルピュイアが集まって上空でうるさく騒ぎ立てている。シーレーンも同様に集まり、少し離れた沖で牙を剥いてこちらを威嚇していた。
「ぅー……っ」
苦しくて気持ち悪くて、は何度もえずいた。頭の中をどろどろに溶かされてかき回されているみたいな気分だった。