第9章 ヘイアン国
小声でシャチが駆け寄ってくる。
「紹介するよ。僕の故郷の人形師のイシリー。僕が今乗せてもらってる船のシャチ」
ウニに紹介されて、二人が「はじめまして」と頭を下げた。
「彼が医者か?」
「ううん。キャプテンはもっとイケメンだよ」
「おいウニ、俺だって負けてないだろ」
「うーん、トイレ掃除ならシャチが一番だよ」
「それ褒めてないだろ!」
片腕を切り落とされた歌姫が、くっつけろとばかりに切断された腕をウニの前に放り投げた。
はしごに登って修理をしながら、ウニは小声でイシリーに尋ねた。
「ブラッドリー本人を見たことがある?」
「いいや。奴は巧妙に立ち回って姿を隠してる。ここへ指示を出しに来るのも、いつも奴の分身の蝋人形だけだ」
「でも、人形を操るには必ず自分の手で触らなきゃいけなはずだろ」
「俺だって一矢報いてやろうと、人形にまぎれてブラッドリーに近付こうとしたさ。だが実際は王宮に運ばれて終わりだ。門番の爺さんのチェックが厳しくて、そこから先には入れない」
ブラッドリーにたどり着くには何か策を講じなければいけなそうだった。
「ウニ、何か考えがあるのか?」
歌姫の修理を手伝うシャチがひそひそと尋ねる。
「うん。……まずは、これより強いのを作る」
これ、と歌姫を指すとシャチとイシリーはそろって顔を引きつらせた。
◇◆◇
「やめて……っ」
嫌がるを押さえつけて、キツネ面たちは薬入りの神酒を流し込んだ。
「毒じゃないわ。神経を刺激して、感覚を鋭くさせる薬よ。ま、たいてい脳が耐えられずに死ぬみたいだけど」
くすくす笑ってイナリは苦しむを見下ろした。捕らえたハルピュイアが騒がしく鳴く。
「うるさいわねぇ」
静かにさせようと小刀を抜いたイナリを、黒いキツネ面の衛士が止めた。
「はいはい、何のために置いてるのか忘れるなって言うんでしょ」
ハルピュイアとシーレーンは海神の眷属だ。王に仕え、王に懐く。
捕らえたハルピュイアには事前に、神酒への混ぜものが人間には毒となることを見せた。王たる者がこの場にいれば、その賢さをもって、酒を飲まないよう警告するはずだった。
「…………」