第9章 ヘイアン国
「生贄を捧げて海神を鎮めるしかない。そのために戻ってきたんだ」
「そうか……」
シュンが奥から、着物の入った箱を持ってくる。中に入っていたのは死に装束だった。
◇◆◇
(ここが工房……)
ウニが目を覚ますと、そこは地下をくり抜いて作られた大きな人形工房だった。天窓は一つだけで、逃げられないよう鉄柵がはめられている。
働く人形師は数十人。多くは虜囚だった。鎖が付けられていたり、寝込んだ病人もいる。
「ウニか……!?」
全身に包帯を巻いて、ぜぇぜぇと息をする病人がウニの名前を呼んだ。故郷の島からブラッドリーにさらわれた人形師だった。
「イシリー!!」
丸顔の幼馴染にウニは駆け寄る。もう会えるとは思っていなかった兄貴分だった。
イシリーの全身には白い痣が浮かんでいた。ホワイトガーデンの毒の灰から発症する、珀鉛病だ。
「お前よく無事で……珀鉛病は平気なのか? ほかはみんな死んじまったよ」
同郷の人間の手を握って、ウニは言葉にならない思いを噛み締めた。自動人形の修理をしながら細々と暮らしていた地下カトパタークの人形師たち。ある日突然ブラッドリーに襲われ、逆らうものは殺され、捕まったものは毒の灰が満ちる地上へと引きずられていった。
たった一人生き残っても希望の見えない日々。ましてさらわれた仲間とまた会えるなんて思っていなかった。
「治してもらったんだ……珀鉛病を治せるお医者さんがいるんだよ。今はその人の船に乗せてもらってる。その船でここまで来たんだ」
困惑するイシリーに笑って、ウニは「きっと助かるから生き延びよう」と言い聞かせた。
船長ならきっと、彼のことも救ってくれるはずだ。
「痛ぇ! もっと丁重に扱えよ……っ」
キツネ面の人形に連れて来られたシャチが投げ飛ばされて大声を上げる。人形たちは他にも何人かの職人を連れてきていた。
木彫りの人形たちは台に載った作りかけの人形を指さして、職人たちに働くよう手振りで指示する。
「妙だな。いつもは子供の姿をしたブラッドリーの蝋人形が指示を出すんだが……」
「……それ、僕が爆炎の中に蹴ったかも」
何やってんだお前!?という顔で見られても、ウニはつーんとしたものだった。この弟分、ちょっと性格変わったかもとイシリーは思う。
「ウニ! 良かった、無事だったか……」