第9章 ヘイアン国
『飲んじゃダメ!! 毒だ!!』
唐突に頭に響いた声にびっくりして、は酒盃に口をつけるのをためらった。
お神酒を飲んだ娘たちが喉を押さえてバタバタと倒れる。
「苦しい、誰か……っ」
「助けて、医者を呼んで……!」
大広間の中は地獄絵図と化した。千人にも及ぶ娘たちが、のたうち回って助けを求める。
「さすがアルゴールの薬はよく効くわねぇ。捕まって残念だったわ。彼女がいればもっと色々、手早くすんだのに」
助けて求めてすがりついた娘を蹴り飛ばして、イナリはのほほんと結果を見守った。
「息絶えたのは海に捨ててちょうだい。いらないわ」
泡を吹いて倒れた娘たちを、キツネ面が容赦なく崖から捨てていく。
「リリ……!」
杯を捨てて、は隣で苦しむ友人を助け起こした。の服を握りしめて、リリは「助けて」とかすれた声を上げる。
(どうしよう、キャプテン……っ)
医者である船長は、時々クルーに応急処置の仕方を教えてくれた。切り傷や骨折のときの対処法はよく覚えている。
でも毒を飲んだ時の対処法なんて教えてもらってない。
「と、とにかく吐いて。飲んだお酒全部……っ」
手探りでリリの顔を探して、は手荒に彼女の喉に指を突っ込んだ。よほど苦しいのか強い力で噛まれるが、構っていられない。
「神前の神酒を飲まなかった悪い子がいるわね……」
ゾッとする毒々しさに満ちた声が後ろから聞こえた。
84.生贄の台座
「……王は見つかったのか?」
店に訪ねて来たマリオンに、シュンは静かに尋ねた。
コマ家の次男だとは漁師の父に教えられて知っていた。責任の重い神官の家に生まれては、思い悩むこともいろいろあるだろうと、仲良くしてやれとシュンとリトイはよく言い聞かせられて来たのだ。
「……リトイは?」
「忌中」の張り紙に顔を青くさせて、マリオンが尋ねる。シュンは静かに答えた。
「国のために戦った。立派だった」
マリオンは一歩踏み出し、ふらりとその場に崩れ落ちた。
「……王は見つけた。でも守れなかったんだ」
それは絶望と同義だった。
イナリを排せばコマ家の双子は戻ってこれる。それだけがこの国の救いだった。もう希望はない。
「……この国はどうなる?」