第9章 ヘイアン国
リリに起こされ、は縁側で目をこすった。どうもうたた寝してしまったようだ。
(キャプテンの夢見てた……)
内容はよく覚えていないが、彼はずいぶん辛そうだった。それだけで胸が苦しくなって、は浮気疑惑のことも忘れて心配した。
(大丈夫だよね? またみんなと元気に会えるよね……)
途方もない願いなんかじゃないはずなのに、心臓がバクバクして背中に冷たい汗が流れた。何か悪いことが起きそうですごく怖い。
「来て。集合がかかったの。イナリ様が呼んでるから大広間に行かなくちゃ」
(……悪い予感はこれ?)
行きたくない。
よっぽどお腹が痛いと言い出そうかとは思ったが、リリに手を引かれ、仕方なくついていく。
「……? 人がいっぱい来てるの?」
大勢の気配にはリリに尋ねた。
「ええ、国中から集められているみたい。儀式のためだそうよ。まだまだ来るみたい」
リリに連れて行ってもらった大広間には、すでに千人近い娘たちが集まっていた。
ハルピュイアの甲高い鳴き声に、びくりとしては飛び上がる。笑ってリリが「鎖でつながれてるから大丈夫よ」とをなだめた。
大広間の前には、鎖で拘束されたハルピュイアが檻の中に捕らえられていた。みんな不気味そうにしているが、危害を加えられることもないので不審そうに見るだけだ。
「よく集まったわね。これからあなたたちの中から、神に仕える巫女を選ぶわ。若く清らかな生娘にしか任せられない名誉あるお役目よ。誇りに思ってちょうだい」
(これがイナリ……?)
朗らかさを装ってはいるが、毒々しく甘い声だった。言葉は偽りで、かけらの誠意も感じない。
「私、生娘じゃないけどいいのかな?」
小声で隣のリリに尋ねると、口をふさがれた。黙ってろということらしい。の他にも何人か気まずそうにしている娘がいる。
ずる賢いイナリが気づかない訳がなかったが、黙殺された。
「選別の前にまずは体を清めましょう。適性のない者はちゃんと弾かれるから大丈夫よ」
酒盃が配られ、お神酒が回される。捕らえられたハルピュイアが、ひときわ激しく暴れて鳴いた。
「海神のご加護に」
「海神のご加護に」
イナリが杯を掲げたのに合わせ、娘たちは酒盃をあおる。