第5章 マスカレード
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耳元から聞こえてくる同僚の声に安堵して、
少し遠くから聞こえ始めた音楽を口実に、席を立とうとした。
少し話しているうちに、彼の名前はキムテヒョンだという事、綺麗な顔立ちと似つかないような明るくて面白い性格をしているという事を知ることが出来た。私が他人に興味持ったのはこれが初めてかもしれない。まぁ、今日限りの出来事に過ぎないけれど。
「それではテヒョン様。これで失礼させていただきます」
彼にアクションを起こさせないように口早に言って、
彼に一礼して背中を向けると、私の手首は彼に掴まれた。
『もう帰っちゃうの?』
「ええ。お父様も心配しておられるでしょうし」
本当はお父様なんて居ないけれど、これも任務だ。
部外者の彼に嘘をつくのは少し気が引けるが、悟られたくはない。
『そっか...』
少し残念な表情を作った彼は、私の耳元に口を寄せると、ニヤリと笑って言った。
『君のことちゃんと分かってるよ。分かってて誘ったんだ』
さっきとは少し毛色の違った声。
全身の毛がゾワッと逆立つ気がした。
『俺もね、実は任務でここに来てるんだ。例の闇オークションの件の内部調査だよ』
それは、全くと言っていいほど同じ目的だった。
『ナハティガルに任務なんて、君も大変だよね?任務完了したんでしょ?酒飲むの付き合ってよ』
そんな彼からの誘いは、何故か断れなかった。
断ってしまったら、本当に彼とは最後になってしまうと思った。さっきまではそれを望んでいたはずなのに、今の私は彼を少しだけ求め始めていた。