第5章 マスカレード
『こっちへおいでよ。怖くないから』
手を引かれるままにダンスフロアの真ん中へと躍り出る。
彼の優雅なステップに負けないように、
私も必死にステップを踏む。
タララン、タララン。
この日の為だけに集められた音楽隊が奏でる音楽に合わせて
彼の動きに遅れないように踊った。
やがて、音楽が鳴り止む。
少し息が上がっている彼は、また私の手を引く。
少し歩いて、綺麗な庭園を見渡せるベランダに連れてこられた。
彼はそのまま二人がけのソファに座って、近くにいた使用人にカクテルを頼んだ。
『少し話そうか』
そう言って私を真正面から見つめる彼に、
不覚にもときめいてしまった。
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『君はここがどんな場所だか知っていて、それでも来たの?』
「はい、存じ上げております。ここは...欲望と快楽の詰まった眩い場所だよと助言をくれた方がおります」
そう答えると彼は満足気に微笑んでカクテルに口をつける。
『そう。ここはね、密会やお偉い様方たちの浮気...何でも来る者拒まずの店なんだ』
「こんなに豪華なお造りをなさっているのに、"ナハティガル"なんて皮肉ですものね」
『俺もそう思うよ。つくづく、造りだけは立派で中身なんてドロドロにどす黒いのにね』
少し軽蔑するように言って、またカクテルを煽った彼は
私の頭に手を置いて窘めるように口を開いた。
『君も、それを知っているのならここにはあまり来ない方がいいよ。お偉い様方の食べ物にされてしまうかもしれないからね』
「...はい」
私は、ここへ来た任務をこの人に悟られないように素直に頷いてみせた。まぁ私をこんなところまで連れてくる人だから、私の正体にはとっくに気付いているかもしれないけれど。